第11話 欲求

ガゼムス侯爵家・本邸。

二階最奥にある部屋は、執務室となっている。


その執務室の主。

漆黒の髪と短髪と顎髭、そして黒い瞳を持つ男の名は、アルケイド・ジ・ガゼムス。

ガゼムス家の現当主だ。


彼が詰まらなさそうに執務机に肩ひじをつき、書類に目を通していると、傍に使える初老の執事が口を開いた。


「当主様。本当に連れ戻されなくとも宜しいのですか?」


「必要ない」


「ですが、予言では……」


ガゼムス家には、遥か昔より伝わる予言があった。

それは初代当主が、偉大な予言者に告げられたものだと言われている。


『隻腕の男児が生まれる時、隆盛を誇るガゼムス家に破滅が訪れるであろう』


と。


そして15年前。

ガゼムス家では、一人の子供が生まれる。

隻腕の男児が。


それ以来、その子はガゼムス家所有の別宅にある独房に閉じ込められていた。


――ほんの一週間ほど前までは、だが。


独房に長らく閉じ込められていたその子は、看守の一人を殺して外に逃げだす事に成功していた。

そして現在、姿をくらましている状態となっている。


だが――


「魔法での監視も、もう不要だ。あれを自由にさせる」


実はアルケイドは、その仔細を詳しく把握していた。

今現在何処にいるのかも、当然知っている。

何故なら、強力な魔法による監視が逃げた息子には付いていたからだ。


だがその監視も外す様、アルケイドは執事に命令を下す。


「しかし、それは……」


予言によって、家門に破滅をもたらすと言われた人物が独房から脱出した。

それはガゼムス家の命運を揺るがしかねない由々しき事態だ。

だが当主であるアルケイドは、その連れ戻し所か、魔法による監視すらも放棄すると言い出した。


「どうか……この御家の為に、御再考いただけないでしょうか?」


その事に危機感を募らせたパーガンは、本来従順であるべき絶対の主に考え直すよう、再度強く陳情ちんじょうする。


だが――


「これは決定事項だ」


「ですがこのままでは……」


「くどいぞ。不服があるならば、この家から出て行け」


「――っ!?差し出がましい事を、口にしました。申し訳御座いません」


――その言葉は聞き入れられず、怒気を含んだ冷たい言葉がパーガンに下される。


「分かればいい」


アルケイドは、遥か昔に残された予言を信じていないのか?

彼の言動を見る限り、そう感じるかもしれない。


だがそんな事はなかった。

彼は予言を信じている。

誰よりも。


――だからこそ、隻腕の息子を殺さなかったのだ。


剣神。

それがガゼムス家の当主、アルケイドの二つ名だ。


幼い頃より、その類稀なる才能を持って彼は自分に歯向かう全てを蹂躙して来た。

やがてその強さは人を遥かに超えた領域へと達し、剣神と言う名の二つ名を得た二十年前の戦争では、アルケイドは十万もの軍を単騎で制圧してしまう。


それも無傷で。


彼は国を勝利に導いた至高の英雄だ。

だがその余りにも桁違いの強さは、本来主であるはずの王家すらも震え上がらせた。

もしアルケイドが求めていたなら、恐らく王家は、その玉座を素直に渡ししていただろう。


だが、彼はそんな要求をする事は無かった。

その気になれば、世界すら支配できる力を持っていながら、世界所か、国の支配すら望まなかった。


それは無欲だったからではない。

簡単に手に入る物に、たいして興味がなかったからだ。


「なあ、パーガン。世界はつまらんと思わんか?」


「は?私には何とも……」


突然の主の質問に、何と答えていいかわからずパーガンは言葉を濁す。

だが初めから答えなど期待してないかったかの様に、アルケイドは言葉を続ける。


「私にとって、この世界は退屈極まりない物だ。そう、この世界。そして私の人生は退屈すぎる」


その気になれば容易く何でも叶ってしまう事による、傾ける情熱を持たない虚無感。

アルケイドにとって、世界はただただ退屈な物だった。


――そんなアルケイドを歓喜させたのが、自身の第三児の誕生だ。


ガゼムス家の破滅。

それは即ち、現当主であるアルケイド自身の破滅を意味していた。


最強である自分が負ける。

それ程の相手が目の前に現れるかもしれない事に、彼は歓喜した。


圧倒的すぎて空虚とも言えたアルケイドの人生に、はじめて現れるかもしれない強敵と困難。

それは彼が求めてやまない物だったからだ。


――だからアルケイドは、第三児を殺さずに独房へと入れた。


――自らに破滅をもたらす、予言の子を守る為に。


ガゼムス家の破滅の予言は、家門の多くが知る物だ。

自由に外で活動させれば、たとえ当主として厳命していても、不安を感じた一族の者が息子に手を出すかもしれない。

そして幼い子供に、それを跳ねのける力はなかった。


だからそういった余計な横やりを避けるため、外部から干渉できない環境をアルケイドは息子の為に構築した。


建物内には毒物を持ち込めない様に徹底させ、更に魔法によって子供の環境を24時間監視。

看守達も、家門の人間と関係ない物を登用している。


――そして15年の歳月が流れ、予言の子は自力であの場を脱出して見せた。


もはや自分の宿敵むすこに、庇護は必要としない。

そうアルケイドは判断し、魔法による監視も打ち切った。


――後はその時が来るのを待つだけ。


「だがそれも……くくくくくく」


自身にとって凶となる息子が、やがて自分を殺しに来る。

その光景に胸を躍らせ、アルケイドは口元を歪め楽し気に笑う。


「ア……アルケイド様?」


その姿を見たパーガンは狼狽えた。

自らの主が笑う姿を見るのが初めてだったというのもある。

だがそれ以上に、彼の目に宿る狂気の光がとても恐ろしい物に見えたからだ。


「早く私を殺しに来い!我が息子よ!」


アルケイドは自身に狼狽える執事など意にも解さず、自らの欲望を高らかに口にする。


自身すら越えた強者との戦い。

アルケイドの願いは、そう遠くない未来に叶う事になるだろう。

但し、それを叶えるのは彼の息子ではなかった。


――何故なら、ガゼムス侯爵家にはもう一人転生者がいたからだ。

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