第19話 ゴミはゴミ箱に

男の姿には見覚えがあった。

村長の孫息子だ。

奴はエリクシルの顔と手を押さえ、逃れようと暴れるその体の上にまたがっている。


「いや……」


「痛い目見たくなかったら、暴れるんじゃねーよ!大人し――ぐわっ!?」


暴言を吐く男の脇腹を、僕は横から蹴り飛ばした。

その巨体が勢いよく吹き飛ぶ。


「ぐぅ……」


奴の体は壁に『ドンッ』と大きな音を立ててぶつかり、跳ね返ってそのまま地面に転った。

そのままもう一度蹴り飛ばしてやりたい気分だったが、そんなのは後回しだ。

僕はしゃがみ込んで、何が起こったのか分からず呆然としているエリクシルに優しく声をかける。


「エリクシル、大丈夫か」


「あ……あぁ……イス……ルギさん……イスルギさん!」


エリクシルは僕の顔を見て表情を泣きそうに崩し飛びつく様に抱き着いて来た。

その体は、プルプルと小刻みに震えている。

余程怖い思いをしたのだろう。

僕は震える彼女を、強く抱きしめてやる。


「もう大丈夫。もう大丈夫だ」


村長の孫が、此方に敵意を持っていたのは知っていた。

態度にもろに出ていたし、何より、エリクシルが能力でそれを見抜いていたからだ。


けどまさか、こんなふざけた真似をして来るとは……


敵意があるからって、流石に何かしてきたりはしないだろう。

そんな風に考えていた自分の考えの甘さが恨めしい。

ちゃんと気を付けさえいれば、彼女にこんな怖い思いをさせる心配はなかったはずだ。


「テメー……なんでここに嫌がる。ボンバーボアを狩りに行ってる筈だろうが!」


村長の孫が、怒りの形相で起き上って来る。

全力で蹴ったのだが、ごつい見た目をしているだけあって打たれ強い様だ。


「仕事ならもう終わっている」


「なにっ?もう終わっただと!?」


「俺にかかれば容易い事だ。それより……俺がいない間に、随分ふざけた真似をしてくれたな」


僕は震えるエリクシルを後ろに庇う様に下げ、奴を強く睨みつける。

こんなにはらわたが煮えくりかえりそうな気分は、この世界に来て――いや、前世と合わせても初めてだ。


けど、思考は激情に狩られる事無く落ちるいている。

怒り過ぎると逆に冷静になるというが、きっとこれがそういう状態なのだろう。


「この屑が……」


「屑だと?へっ、俺にそんな態度を取っていいのかよ?」


僕の言葉に、男が突然ニヤケ面に変わる。


「へへ……さっき顔に触った時に気付いたぜ。その女、エルフだろ」


幻変身は、見た目を変えるだけの魔法である。

そのため、触れられるとエリクシルの耳が尖っているのは一発でばれてしまう。


普通は他人に勝手に触られる様な事はないのでバレる心配はないのだが、今回は完全にイレギュラーだ。


「知ってるぜ。胸の大きなエルフは、確かハイエルフだけなんだよな」


村長の孫は、勝ち誇ったような顔で言葉を続ける。


「んで……ハイエルフの血は、奇跡の霊薬の材料になるって聞くぜ。テメーがそいつの耳を変えてるのも、それを隠すためなんだろう?いいのか?俺の機嫌を損ねたら……」


まるで此方の弱みを握ったかの様な口ぶりだった。

だが一つ、奴は大きな勘違いをしている。


――そう、とんでもなく大きな勘違いを。


「まあ俺も鬼じゃねぇ。そのエルフを残して部屋から出て行きな。今晩一晩そいつを貸せば、誰にも言わずに黙っておいてやる」


……本当にどうしようもない屑だ。


こいつが相手なら、良心は一切痛めずにすむ。


そう、僕は――


「黙る?そもそもこれから死ぬ人間が、いったい誰に何を話すというんだ?」


――こいつを殺す。


「エリクシル。少しの間、目を瞑って耳をふさいでいてくれ。直ぐに終わるから」


「は、はい……」


僕はエリクシルに、目と耳を塞ぐ様に伝える。

どうしようもない屑野郎だが、人の死ぬ様を彼女には見せたくない。

それを見たらきっと、殺されたエルフ達の事を思い出してしまうから。


「テメェ……下手に出てやれば調子に乗りやがって。俺はこの村一番の使い手だぞ。いくら凄腕の魔導士だろうが、この距離で俺に勝てるとでも思ってんのかよ!」


叫ぶと同時に、男が此方に突っ込んで来た。

とんでもないスピードだ。

距離が一瞬で詰められる。


……なるほど、確かにこのスピードじゃ魔法を唱える暇はないな。


魔法には詠唱が必要になる。

そのため、こういった接近戦にめっぽう弱い。


けど――


「お前は大きな勘違いをしている」


僕は魔導士なんかではない。


――そう、神の加護を受けた転生者チーターだ。


男が目の前で拳を振り上げた所で、その動きがぴたりと止まる。

時間停止だ。


「死ね」


時間の止まった世界。

その中で、僕はインベントリから出した剣を奴の胸部――心臓に深く突き刺した。


――そして時は動き出す


「あ……が……なん……で……」


奴は理解できなかっただろう。

自分がどうやって殺されたのかを。


「楽に死ねただけ感謝しろ」


エリクシルがこの場にいるから瞬殺したのだ。

彼女に凄惨な物は、見せたくなかったから。

出なければ、間違いなく僕はこいつをなぶり殺しにしていただろう。


「目障りだ。消えろ」


剣は引き抜かず、そのままインベントリに収納する。

魔物の死体がアイテムとして納められる以上、人間の遺体も当然収容可能だ。

奴の体は、そのまま僕のインベントリに放り込まれて消える。


死体は後で、魔物の居る場所にでも捨てるとしよう。


「血の跡が少し残るな」


胸から剣を引き抜いてはいないので、大量の出血は避けられた。

だがそれでもやはり、返り血なんかはある程度出てしまう。


「魔法で何とかなるかな?」


試しに、浄化の魔法を使ってみる。


「お、消えた」


どうやら浄化の魔法は、血の跡なんかも汚れとして消してくれるようだった。

ま、どう考えても汚れだからね。


「エリクシル。もう大丈夫だよ。悪い奴は僕が退治したから」


「イスルギさん、私のためなんかに人を……ごめんなさい。ごめんなさい」


エリクシルは僕の胸にしがみ付いて、すすり泣く。

彼女は僕が人を殺した事を、気にしている様だ。

怖い目に合ったにも拘らず、他人の心配を出来るなんて本当にいい子だ。


「謝る必要はないよ。言っただろ、君は僕が守るって」


そう言って、僕はエリクシルを優しく抱きしめた。

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