第10話 握手
「はぐっはぐはぐ……」
しばらく碌な物を食べていなかったのだろう、ハイエルフの少女――エリクシルは、僕の出した食料を美味しそうに頬張る。
彼女の年齢は15歳。
僕と同い年だ。
まあ実際は、前世と合わせると30年生きている事になる訳だけど……肉体は15歳だし、記憶の無かった間はノーカンでいいだろう。
ノーカン。
ノーカン。
エリクシルが食事をしている間に、少し離れて僕はIP交換システムを確認する。
アップデートされた事で、クエスト概要と、GIPが追加されていた。
GIPはグレート・イキリ・ポイントの略である。
クエストの受注や、経過ないしクリア報酬でのみ貰えるポイントで、通常のIPとは別系統の物と交換できる様になっている。
現在は受注時に1ポイントだけ取得している状態だ。
「殆どが使いきりだな」
GIPで交換できる魔法やスキルは、その殆どが使い捨てとなっていた。
一応、習得という体ではあるのだが、一度使ってしまうと忘れてしまう仕様の様だ。
ただ、使い捨てだけあってどれも、とんでもなく強力そうではあった。
スキルの威力説明に、超級とか絶級とかがついている。
多分危機的状況化で、逆転の一手として使えって事なのだろう。
となると、当然保留である。
「GIPは取得条件――経過報酬が表示されてないんだよな。出来ればどこかの街に入る前に、常識学習は欲しい所だけど……」
GIPの交換品の中に、常識学習と言う物がある。
これは使いきりではなく、習得すると、この世界の一般的常識的な知識を得る事が出来る物だった。
僕は15年間も牢屋に閉じ込められていたせいで、外の常識が全くない。
何せ、お金の単位も知らない訳だからね。
そして捕らわれるまで森の小さなエルフの村でずっと暮らしていたと思われるエリクシルも、多分人間の世界の事には疎いはずだ。
そのため今のままだと、安全圏に抜け出して街に立ち寄っても、僕達は何もできない可能性が高かった。
お金もないし。
「我慢できずにお金を使ったのは、やっぱ失敗だったかなぁ……」
いや、そんな事はない。
もしシステムのレベルを上げていなければ、僕はエリクシルに気付きもしなかっただろう。
Lv2にして、空間把握の範囲を広げていたから気づけたのだ。
そういう意味では、あの選択は大正義だっと断言できる。
ま、怪我の功名って奴だね。
「ま……何もなく旅が進んで事を祈るか」
もしくは、必要になるまでに経過報酬でGIPが追加ではいるか。
正に神頼みだ。
「……っと」
気づいたら、エリクシルはもう食事を終えていた。
考え事をしていたせいで、僕はそれに全く気づかなかった。
彼女は伏し目がちな瞳で、此方をじっと見つめている。
「もういいのか?」
彼女の傍によると――
「やっぱり……私、迷惑ですよね……」
不安そうにそう聞いて来る。
「そんな事はない。気にし過ぎだ」
「でも……私、その……耳が良くって」
聞かれない様に距離を取っていたつもりだったが、僕の独り言を聞かれてしまっていた様だ。
お金がないと事とか、旅の無事を呟いちゃってたし、それでエリクシルは俺に迷惑がかかると勘違いしてしまったのだろう。
まあ断片的だから、どういった物かまでは分かってないだろうとは思うけど。
「ああ、まあ……些細な事だから気にしなくていい」
「でも……」
気にしなくていいと言っても、彼女の表情は曇ったままだ。
今まで散々大変な目に合っただろうに、この状況で僕に迷惑をかけている事を心配するなんて、本当にいい子である。
「なら、君への貸しって事にしておこう」
「貸し……ですか?」
「そう、貸しだ。エリクシルの血は、奇跡の霊薬の材料なんだろう?だったら、俺が困った時にその血を分けて貰う。これでどうだ?」
俺だけに迷惑がかかるのが気になるのなら、いずれ貸しとして返してもらう。
これなら、彼女も少しは気楽に考えられる筈だ。
と思ったんだけど、言ってから気づく。
大失言だった事に。
エリクシルはその血のせいで故郷の村を失い、こんな事になってしまっているんだ。
そんな彼女に、対価として血を寄越せって言うのは余りにも無神経過ぎた。
僕は焦って言い訳を始める。
「あ、いや……別に血じゃなくてもいいんだ。なんて言うか……話し相手になってくれるのは本当に大きいし……それで君が足りないと思うんなら、いずれ何らかの形で貸しを返してくれればいいからさ。その……だから……あの……」
……なんて無様なんだ。
慌てて言い訳を並べる自分が情けなくなってきた。
これでは、転生前の陰キャのままではないか。
僕はそんな情けない姿を晒すために、転生した訳じゃない。
悪い事をしたら謝る。
それは人として至極当然の行動で、イキるとかイキらないとか以前の問題だ。
僕は軽く深呼吸して――
「無神経な事言ってゴメン」
深く腰を折って頭を下げた。
「その……気にしないでください。スメラギさんが、私を攫った人達とは違うって分かってますから」
「エリクシル……」
「それに……私は自分の生まれや血に、嫌悪感は抱いていません」
エリクシルが僕に向かって、笑顔を見せる。
その瞳に曇りは見えない。
「村の皆は、私を引き渡す事だって出来たんです。そうすれば、村は守れた。けど、皆は私を守るため最後まで戦ってくれました。皆が命を懸けて戦ってくれたのに、私が自分を否定してしまったら……皆の思いを否定する事になってしまいます。だから、私は自分に誇りを持って生きていくつもりなんです」
「……」
言葉が出ない。
もし僕がエリクシルの立場だったなら、きっと、自分の生まれや特性をきっと恨んでいた事だろう。
本当に強い子だ。
「だから……困った時はいくらでも私の血を使ってください。その代わり、私の事を守って貰っていいですか?」
エリクシルが、僕に右手を差し出して来る。
「……ああ、勿論だ。約束する」
僕その手を握り返した。
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