第6話 バグ
「ギリギリか……」
女性の場所までは、後60メートル程。
直線なら、今の僕なら3秒もいらない距離だ。
だが木や藪が障害物となっているため、その倍以上は掛かってしまう。
一方、魔物の方は後5秒もあれば少女に追いつく距離だ。
「転移使うしかないか」
再使用時間があるため、接敵、即乱戦になった場合に残しておきたかったのが本音だ。
転移は戦闘に使えるからね。
けど、そもそも間に合わなかったら意味がない。
「時間停止と今の僕の能力なら何とかなるさ!」
転移で、邪魔な藪や木々を飛び越える。
これで一気に時間を稼げた。
「げっ!」
転移を使った事で余裕が出来たと思ったのもつかの間、少女がこけてしまった。
木の根にでも足を取られたのだろう。
せっかく稼いだ余裕が一気に無くなてしまった。
「くそっ!間に合え!!」
魔物の反応が少女に急接近する。
残りの距離は10メートル程。
僕の視界にも、少女とそれに襲い掛かろうとする魔物の姿がもう見える。
「やばいぞ!」
魔物は緑の肌をした、人型の魔物だ。
いわゆるゴブリンと呼ばれる魔物――この世界での呼び名は違うかもしれない――で、その手には鉈が握られている。
そしてそいつは鉈を振り上げ、今にも少女に振り下ろそうとしていた。
「くそ!時間停止!」
時間を止め、そこで一気に距離を稼ぐ。
戦闘用のチートを両方使ってしまったが、このままでは間に合いそうになかったので仕方がない。
「させない!」
『ガキィン』と鈍い音が響く。
僕がインベントリから出して手にした剣と、ゴブリンの振るった鉈とがぶつかった音だ。
ギリギリセーフ。
けど……思ったより力が強い。
「ぎゃぎゃぎゃ」
急に飛び出して来た僕に驚いたのか、ゴブリン達が後ろに飛び退く。
その数は五体。
下がってくれたのは有難い。
さっきの鉈の一撃は、かなり重い物だった。
走り込んだ状態だったから僕の体勢が不十分だったと言うのもあるが、相手の力がもう少し強かったら受け止めきれなかっただろう。
――つまり、ゴブリンと言えども油断できる相手ではないと言う事だ。
軽く見ていたけど、今すぐ五体同時に襲い掛かられたらかなりヤバイ。
何とか再使用時間の六秒――せめて空間転移が使えるようになるまでの時間は稼ぎたい。
「我が名はイスルギ・キョウヤ!やがて世界に名を轟かせる偉大な勇者だ!!矮小な魔物ども、死を恐れぬと言うならかかって来い!!」
口上を垂れる。
それも大声で。
これで相手がビビッて、逃げ出すとまではいかなくても、戸惑ってくれれば多少は時間が稼げるはずだ。
だが――
「「「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!!!」」」
ゴブリン達が雄叫びを上げる。
その声に強い怒気が含まれているのが分かる。。
どうやらビビらせる所か、逆に怒らせてしまった様だ。
……やばいぞ、直ぐにでも襲い掛かってきそうだ。
その時、『ピロリン』と音が響いた。
相手をビビらせるための口上が、イキリ扱いになったらしい。
そうだ!
スキル!
スキルを覚えれば!
そう思った瞬間パネルが開き、ショートカットしたみたいに後で取ろうと目を付けていた20pのスキルが表示される。
こんな機能もあったのか。
物凄く便利。
僕はスキルブックを1つ交換し、同時に使用して習得する。
こうすれば、手に持つ必要もない。
チョッパやだ。
「「「ギュオアアアア!!」」」
それとほぼ同時に、ゴブリン共が一斉に襲い掛かって来た。
「くっ!紫電一閃!!」
スキルを発動させると、僕の手にした剣に紫色の雷がまとわりつく。
そして剣を薙ぐと、その雷が放射状に放たれた。
「ギャグゥ!」
「ギャギャ!」
「ギュワ!」
一斉に襲い掛かって来たゴブリン達は雷に打たれ、見事に吹き飛ぶ。
だが、倒すまでには至らない。
全身からブスブスと煙を上げながらも、起き上って来てしまう。
どうやら20ポイントの技では、ゴブリンすら倒せない様だ。
まあこいつらが、実はもの凄くタフだって可能性もあるが……どちらにせよ、思ったより強敵である事に変わりはない。
もうじき転移は解禁されるけど、保険として別のスキルを――紫電一閃は再使用時間があるため――取っておくべきか?
そう思ってシステムパネルを開くと――
あれ、ポイントが多い?
と言うか増えてる?
49ポイントある状態で20ポイントも使ったのに、ウィンドウには99ポイントと表示されていた。
何が何だか意味不明である。
バグだろうか?
それとも何らかの要素で増えたのか?
まあ考えても仕方がない
今は戦闘中だ。
そういう事は、終わってから考えよう。
相手が動き出さないうちに、僕は素早くスキルブックを交換して自分に使う。
余裕が出来たので、今回は20ポイントを2つ習得しておいた。
50ポイントのも表示されていたが、確認はまた今度だ。
習得したのは――
一つは剣術Lv1。
剣を扱う際に技術が向上するという物だ。
僕は身体能力は高めだが、剣の訓練はしていない。
そのため、その扱いは素人レベルだった。
これを習得すれば、上手く剣を使える様になる筈。
そしてもう一つは、炎舞斬と言うスキルだ。
剣に炎を纏わせ、自分の周囲の敵を切り裂くスキル。
紫電一閃は前方の広範囲だったけど、これは360度攻撃する範囲攻撃になっている。
「……」
ゴブリン達はさっきの攻撃が相当効いていた様で、此方を睨みつけたまま警戒して動いてこない。
ビビってくれてありがとう。
お蔭で、転移の待機時間は完了した。
「よし……」
続いて、時間停止の待機時間も終わる。
もう負ける心配はない。
ゴブリン達は、集まる様な布陣で固まっていた。
せっかく新しいスキルも取った事だし、一網打尽と行かせて貰おう。
僕は剣先を、正面のゴブリンに向けて――
「もう一度だけ警告する。死にたくなければ失せろ」
――最後通告をする。
『ピロリン』と心地いい音が響いた。
まるで僕の勝利を祝福しているかの様だ。
「聞かないか。なら……切るのみだ」
え?
言葉が通じないから当たり前だって?
まあそうなんだけど、雰囲気で分るでしょ。
これからやっちゃうぞオーラ的なの、僕から出てる筈だし。
「行くぞ!」
宣言と同時に、転移で敵のど真ん中に飛ぶ。
「!?」
「ギャギャッ!?」
相手は僕がいきなり消えて、自分達のど真ん中に現れた事に驚いて固まる。
その隙を突いて、僕はスキルを発動させた。
「炎舞斬!」
舞う様に、剣を振るう。
その剣筋は炎となって、ゴブリン達を飲み込んだ。
「ギャギャア!」
「グゲェェェ!!」
「ギュワアア!!」
炎に包まれたゴブリン達が吹き飛び、地面に転がり藻掻く。
だがそれも直ぐに息絶え、静かになった。
「ふ……愚かな」
『ピロリン』とイキリポイントが溜まる。
IPはこの戦闘用に60ポイントも使ってしまったが、何故かプラスなんだよね。
やっぱバグかな?
取り敢えず――
「もう安全だ。怪我はないか?」
僕は振り返り、少女へとクールに声をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます