第7話 温かな人たち

ノックの音にヒストリアは毛布を跳ねのける。


「どうぞ」

そう言うと現れたのはジェラルドとスヴェン、そして見知らぬ女の人。


自分よりは年上そうで、ふっくらとした顔立ちと柔和な表情で雰囲気もほわほわしている。


絶対優しい人だとヒストリアは嬉しくなった。


「おはようございます、私はマリベルと申します。これからよろしくお願いいたしますね」


「おはようございます、マリベル様。私はヒストリアと申します。こちらこそ短い間ですが、よろしくお願いします」

ヒストリアはベッドに座りお辞儀をした。


「ヒストリア様、私の事はマリベルとお呼びください。ジェラルド様の大事なお客様ですもの」


「お客様だなんて、違いますわ。私はジェラルド様に処刑してもらう為に、ここに来たのですから」

ヒストリアの言葉にマリベルは驚愕で声が出ないようだ。


「待て、ヒストリア。その言葉だけではマリベルが驚いてしまうだろう。マリベル、今説明するから……」

そう言ったジェラルドの言葉を遮り、ヒストリアのお腹からぐぅ~と盛大な音がした。


「申し訳ありません、お話の途中なのに」

ヒストリアは両手で頬を押え、恥ずかしそうに俯いた。


「朝食がまだだからな。俺達も食べていないし、ヒストリアも一緒に食事をしよう」


「そんな贅沢をしてもよろしいのですか? 私これから処け……」

ヒストリアの口をジェラルドの大きな手が塞ぐ。


「物騒なことはもう言わないでくれ。マリベルをこれ以上怖がらせるな」

そう言われ、ヒストリアは頷いた。


「失礼しました。しかし、一緒なんてよろしいのですか? それは家族や友人など、親しい方だけで行うものと聞いたのですが」

ヒストリアは部外者だ。


「ここにいる限りは一緒でいい。いちいちここに運ぶのも面倒だからな」


「なるほど効率の話ですね」

納得したため、ヒストリアはベッドから降りて皆のそばによる。


ペタペタという足音がした。


「そう言えば裸足だったな……」

すっかり忘れていた。


部屋から外に出した時も靴など履いていなかったし、ヒストリアも何も言わなかった。


この部屋にもジェラルドが抱えて運んだので、靴のことなど失念していた。


「マリベル、何か借りれるか?」


「室内だけならこちらを」

渡された靴を履き、ヒストリアは歩いてみる。


踵のないものだから走ることは出来ないが、多少サイズが違っても履くことが出来る。


「歩きやすいです、凄い。これなら足も痛くないですね」

ずっと部屋にいたヒストリアは、靴を履く習慣もなかった。


物自体は本で見ていたが、履くのは初めてだ。


そう言えば侍女たちは履いていたかもしれない。


ジェラルドは心配そうなマリベルの視線を受け、分かってるとばかりに渋面になる。


「まずは食事だ」






食事をしながら、ジェラルドが説明をしていく。


「マリベル、ヒストリアは此度攻め入ったクーランの王女、らしい。しかし容姿も皆のものと違うし、このような王女がいたという話も聞かない。何より公式発表されていないんだ。だが、王城の地下で幽閉されていた……無関係とは思えないので、素性がわかるまではここで保護しようと思っている」


「地下に幽閉、ですか?」

マリベルが憐れむように沈痛な表情をする。


「私は呪われているとのことで幽閉されてました。外に出れば国が滅ぶと、なので仕方ない処置ですわ」

キョトンとするヒストリアにジェラルドはため息をつく。


「あのなぁ、あんな所に閉じ込めるなんて普通の所業じゃないのはわかっているだろ? だからお前だって俺に、命を諦めるようなことを言ったじゃないか。大体殺しもせずあんなところで生かすなんて、呪われた王女だとわかっているなら、俺なら生まれた時にひと思いに…いや、何でもない」

またマリベルをこわがらせてはいけないので、直接的な表現は避ける。


「でもこんな素晴らしい場所で幽閉なんて、おかしくありませんか? 牢とかもっとこじんまりしたところとか。捕虜に対して広すぎませんか?」

ヒストリアが寝ていた部屋もだいぶ広く、食堂まで歩いただけでも結構距離があった、だから大きい建物だと感じたのだ。


なるべく日を避け、窓辺には近づけなかったが、庭も広いのではないだろうか。


「いや、いいんだ。ここは呪われた離宮。呪われている王女にはふさわしいと思わないか?」

ジェラルドの言葉に驚く。


「こんな立派なのに呪われているんですか?」


「ここの離宮で人が死んでる。自殺として処理されたが、殺された。その女の怨念があるとして誰も近づかないし、建物にいるのも俺達だけだ。不思議だろ?見た目はいいのに呪いだなんて言われてるのは」



「えぇ。そんな雰囲気もないですし。私にはとても居心地がいいのですが」


鬱屈とした空気もない。

むしろ静かできれいで過ごしやすい場所だ。


「マリベルが普段は手入れしてくれてるからな。俺もスヴェンも手が空けば掃除くらいはしている。いずれヒストリアも自分の部屋くらいは掃除してもらうぞ」


「はい、もちろんです! いっぱい働きますわ」

お世話になっているのだから、当たり前の事だ。


「困ったことや気になったことがあればマリベルに聞け。彼女は俺の乳母だ。スヴェンと俺は乳兄弟だから気兼ねなく接すといい」

ジェラルドとスヴェンは近しい関係だと思っていたが、そういう事だったのか。


「ジェラルド様のお母様はこちらにいらっしゃらないのですか?」

ジェラルドにはいずれ嫌な役目を押し付けてしまうし、せめて挨拶くらいはと思ったのだが。


「死んだ。さっき言ったここで死んだ女が俺の母親だ。だから、挨拶はしなくていい」


「……申し訳ありません。私なんて失礼なことを」

頭を下げるヒストリアの頭を撫でる。


「気にするな。はっきり言わなかった俺が悪い」

優しいジェラルドの様子にマリベルは驚いて息子を見る。


「スヴェン、ジェラルド様は一体どうしたの? あの誰にでも噛みつくようなジェラルド様があんなに優しく触れるなんて」

しかも女性に対して。


「見たままだよ……どうにもヒストリア様と会って変わってしまった」

蔑まされた経験から、ジェラルドは男女問わず人が嫌いだ。


女性については母親の件もあり、尚更疎遠にしていた。


脆く弱い存在が苦手だと言っていたのに。


二人はジェラルドのあらぬ変化に驚きを隠せなかった。



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