第6話 過去と今

「あら?」

目をぱちぱちさせ、ヒストリアは起きる。


見慣れない天井、そして部屋、辺りをきょろきょろと見回した。


綺麗なカーテンの外からは柔らかな光を感じる。


「もしやこれが日の光?」

本で読んだ知識しかない。


季節によってはとても熱いと書いてあった。


恐る恐るカーテンに近づくと、肌がじんわり温かくなるが、光の眩しさで目が痛い。


急激な変化に体が慣れないようだ、急いでベッドに戻り目を閉じる。


少量の日差ししか浴びていないが、頭痛もした。


昨日は夜だった為かこんなことは起きなかったのだが、まさか憧れの日光でこんなことになるとは。


外の洗礼を喰らった気分。


「ジェラルド様はどこに行ったのかしら?」

目を閉じ、毛布の中で考える。


近くには全く気配を感じない。


自国に着いたのだから、色々話すことはあるのだろうし、ヒストリアの事を伝えに行ったのかもしれない。


早く処刑されないか、待ち遠しいものだ。


(ジェラルド様なら、きっと私を解放してくれる……)

幼い頃から王族だと言われて、ヒストリアは育った。


ヒストリアの父親は国王だから、ヒストリアは王女となる。


王女は国王に逆らってはならないし、王女は国の為に生きなければならない、そう言われてきた。


ヒストリアは呪われてるから外には出れないけど、ここで祈ればいつかは呪いも解けるし、祈りは国の為になる。


だから祈り続けろと言われていた。


(私はこの国の王女。民の為にも祈らなきゃ)

そう思う頃もあった。







いつもはご飯を食べてから祈るが、ここはシェスタ国。


いつも通りにしなくてもいいだろう、今が何時かもわからないしと、ベッドの上で祈り始める。


日課となっている事を行なえば少しは落ち着くかもと思ったのだ。


(国が、民が平穏でありますように)

目をつぶり、そう願えば胸の奥が熱くなってきた。


温かなその感触に落ち着いてくる。


昔は嫌で嫌で仕方なかったのに、習慣となった祈りを止めると寧ろ具合が悪くなる。


強迫観念によるものだ。


ヒストリアは祈りを捧げなければ落ち着かなくなっていた。












地下に居た頃、いつ終わるともしれない閉じられた部屋での生活だった。


外に出たい、友達が欲しいと泣き、ご飯を持ってきてくれる侍女たちをしょっちゅう困らせたが、それでも何も変わらなかった。


字を習いお父様に手紙を書く、ここを出たいと訴えてみた。


しかし、返ってくるのはいつも同じ文言。


『呪われてるお前を出すわけにはいかない』

では呪いを解くためにと懸命に祈り、本も所望した。


どこかに呪いを解くヒントはないのか、どうにかして外に出る方法はないのか。


あらゆる本が来た。


最初に魔術の本を所望したが、難しくて読めず、侍女に相談したら絵本を進められた。


簡単な文字と話だったが、外の事を知れて楽しかった。


動物が人語を話せるのかと驚いて侍女に聞いたら、「それは作り物の話ですから」と冷たくあしらわれた。


現実のものと空想の話があるのだと知った。


本を読めるようになると一気に世界は広くなった。


優しい侍女が教科書も持ってきてくれた。


先生が付くわけではないのでわからないものも多かったが、参考になった。


そのうちに夢というものについて知り、寝る前に外の事を思うとその夢が見られた。


パンが食べたいと願えばパン屋さんと話せたり、可愛い洋服を着たいと願えば洋服屋さんと話せたり。


皆素敵なものをプレゼントしてくれた。


夢から覚めるとそれらは消えていて、とてもがっかりしたものだ。


そのうちに仲良かった侍女は来なくなり、食事の質も落ちていった。


本も届かなくなり、来てくれる侍女に話すと「その余裕がない」と言われた。


祈りが少なくなったのかと焦った。


他の事ばかり考えていて、祈ることを疎かにしたから、外が困窮し始めたのかと思ったのだ。


案の定、久方ぶりに届いたお父様からの手紙には、

「もっと祈りを捧げよ」

と書いてあった。


ヒストリアは一日の殆どを祈る時間に捧げた。







最初はへとへとになってしまったが、翌日も翌々日も祈りを捧げていく。


祈りに集中すると何も考えられなくなっていった。


頭がぼんやりし、体からは力が抜ける。


ある日限界で少し休んでいると、兵士を連れたお父様が部屋まで来た。


数年ぶりの再会だ。


心配で来てくれたのだと思ったら、顔を見るなり怒鳴られる。


「何をサボっているんだ! さっさと祈れ!!」

信じられない言葉だった。


ここ最近は寝る間も惜しんで祈りを捧げていると反論すると、殴られた。


強い衝撃と痛みで訳が分からない。


口の中で血の味が広がる。


「お前が祈らないと、人が死ぬんだぞ! それでもいいのか!!」

体が震えた。


怒鳴られたからなのか、殴られたからなのか、分からない。


私の中で何かが崩れた。







食事も削って祈りを捧げる。


監視をつけられ、サボるとさらに食事を減らされ、フラフラになった。


何も考えられなくなり、視界も暗くなって、何のために祈るかもわからなくなってきた。


死について考え始める。


あれほど楽しみだった夢を見ることもなくなり、楽しかった読書も色褪せた。


殺して欲しいといったが、それは無理だといわれた。


食事を抜けば、無理やり流し込まれる。


(誰か助けて)

そんな祈りを捧げても、誰も助けてくれるわけはなかった。


最低限の食事と最低限の生活。


気力を失くしたヒストリアの目からは光もなくなり、動かない体からはすぐに筋力が落ちた。


それでも死ぬまで祈りは止めさせてもらえない。











「えっ?」

ある日いつもと違うことが起きた。


頭に声が響いたのだ。


懸命に祈ると微かに聞こえるその声。


日が経つにつれ次第にはっきりとわかってくる。


(ジェラルド……その人が私の運命の人?)

その人が間もなくヒストリアの元に来て、助けてくれる。


その声は間違いなくそう言っていた。


声は聞こえなくなったが、その言葉はヒストリアの希望となった。


早く会いたくて仕方ない。


(助けてくれる、つまりここから解放してくれるという事。つまり)

期待に満ちたヒストリアだが、疲れた精神が何かを狂わせていた。






「私を殺してくれるという事ですね!」

違う期待を抱くようになったのだ。







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