第13話 ブラッドの思惑
「ですが、ヒストリアは地下に幽閉されていた王女です。民達も顔は知りません!」
ジェラルドは必死に庇う。
会ってすぐならいざ知らず、今はヒストリアを処刑などさせたくない。
王女ではあるが、ずっと虐げられてきた。
ようやく普通の生活を送れるようになってきたのにとジェラルドは食い下がる。
「クーランの王が吐いている。幽閉していた王女がいて、生かしておけば必ず災いを齎すと。一緒に処刑するようにと何度も言っていたな」
生かしておきたくない、という事か。
それとも呪いを本当に信じているのか。
「この便利な力を他国に渡したくないため、呪いと偽ったのではないのですか?」
「その可能性が高いと俺も思う。しかし処刑の場でもそれを声高に宣言されたら、溜まったものではない」
ブラッドはここで初めてヒストリアを見た。
綺麗な女性だ。
まるで人ではないような造形、色々な意味で目が離せない。
「ここに置いていては危険だな」
好色な国王の元など持ってのほかだと、向き直る。
「陛下。クーランの穏便な統治の為、ジェラルド及びヒストリア王女をクーランへと連れていきます。王女の力は貴重ですが民の言葉も大事です。民達からの納得を得るためにも本人たちがいた方がいい」
「それは困る、こちらも水が必要だ」
「クーランから運べばいいでしょう、もとよりそのつもりだったはずです」
ヒストリアの力は誰も知らなかった。
当初より、クーランを治めたら水を定期でシェスタに運ぶ手はずだったのだから。
「ブラッド、勝手は許さんぞ」
「ほう」
兄であるアルベルトの言葉にブラッドの目がぎらつく。
「ではクーランの民の言葉を退けるというのでしょうか? そうして起きた反発を兄上が押さえてくれるのでしょうか。それともまたクーランを攻め入るつもりなのか。正当な理由なくそんなことをすれば、ますます周辺国より孤立し、より立場が悪くなりますが、それでいいのですか? 兄上が責任を負うつもりならば、俺は構いませんが」
「それは……」
アルベルトは口ごもる。
こうして実際の責任を問えば何も言えなくなる。
所詮その程度の男だ。
「俺は忙しいのです。まだクーランを完全に治められた訳ではないので、すぐにでも帰らねばならない」
ブラッドの合図で、黒い服を着た男達が入ってきた。
「陛下、話はまた後日に。ジェラルド、いくぞ」
三人は荷物のように黒装束の男たちに抱えられ、その場から連れ出された。
「ブラッド様、お待ちを!」
抱えられたままのジェラルドが下ろせと動くが、手は緩まない。
「何だ、ジェラルド」
ブラッドは目も向けない。
「ヒストリアは日の光に弱いのです。せめて夜の移動を」
「それなら既に対策している」
ブラッドは事もなげに言うと、ヒストリアはローブを被せられ、そのまま三人は待機していた幌付きの馬車に乗せられた。
ヒストリアのためにか柔らかいクッションも用意されている。
「ジェラルド様、ヒストリア様、スヴェン。良かった皆無事で」
「マリベル!」
馬車にはマリベルも一緒に乗せられていた。
「良かった、マリベルも無事だったんだな」
「ブラッド様のおかげです。水を求めた兵士たちが離宮の中にも入ってきたのですが、ブラッド様が助けてくださいました」
ジェラルドはブラッドに頭を下げる。
「助けていただきありがとうございます、ブラッド様。マリベルは俺の大事な家族なんです」
「気にするな。お前に会いに行ったら、たまたまそんな事になっていたから助けただけだ。それよりも再会の挨拶が済んだら、ジェラルドとスヴェンは馬に乗れ。重すぎては負担になるからな」
ジェラルドとスヴェンはブラッドの部下から馬を受け取る。
幌から顔を出せないヒストリアに向かって、ジェラルドが声を掛ける。
「ヒストリアも助けてくれてありがとう。おかげであの狭い地下牢から出られた」
「いいのです。出来れば私が代わっても良かったのですが」
「それはもういいんだよ」
ヒストリアを強く抱きしめる。
「俺はヒストリアをあんなところに入れるつもりはない。これからもずっとその思いは変わらない」
体を離したジェラルドの赤い瞳が、じっとヒストリアの空色の瞳を見つめる。
「もしも民がお前の処刑を望んだとしても、俺が必ず阻止する。お前は俺の獲物だ、他の者にそんなことはさせないから安心しろ」
「はい!」
ヒストリアを他の人に渡さないとも聞こえてしまうのは、気のせいだろうか。
ヒストリアがジェラルドと一緒に居た過ぎて、都合よく考えてしまっただけか。
日の光から隠れるふりをして、ローブを深く被り、マリベルにしがみつく。
赤くなった顔と心臓のドキドキはなかなか収まらなかった。
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