第11話 水の行方
「これは美しい」
国王はヒストリアを見て、惚れ惚れしていた。
「この前とは違う髪と肌、まるで汚れを知らぬ純白のようだ。ジェラルドがこのような女性を独り占めしていたとは」
国王の言葉に王妃は面白くなさそうだ。
「白すぎて不気味ですわ、まるで幽霊ね。本当に呪われているのではなくて?」
ヒストリアは何も言わず俯いて、ドレスを握りしめていた。
「北の離宮に連れ込んだ後からずっと監視をしていましたが、呪いなどかけらも感じませんでした。それどころか王女の力で次々と水がわいていたのです。とても素晴らしい力の持ち主です」
アルベルトもまたヒストリアを認めているようだ。
ふんと鼻を鳴らし、王妃はヒストリアから目を反らす。
「さぁ、先程のように祈りを捧げてみてくれ。ジェラルドの首を跳ねられたくなければ」
その言葉にヒストリアは白い顔をさらに白くさせた。
震える手を胸の前で合わせ、必死で祈る。
ジェラルドの命が助かるようにと。
熱を帯びた体から、力が急激に抜けていくのを感じる。
程なくして慌てた騎士が走ってきた。
「緊急な報告が、枯れた井戸から水がわいています!」
「一か所ではありません、何か所も!」
皆が歓喜の表情となるなか、ヒストリアだけは力を使った事、そしてジェラルドから離されてしまった事で目の前が暗くなっていく。
(ジェラルド様、スヴェン様。どうか無事でありますように……)
拘束されたジェラルドとスヴェンは牢に入れられている。
温情なのかマリベルは見逃してもらえた。
それだけがこの状況下での唯一の救いだろう。
(ヒストリアは無事だろうか)
ジェラルドは何も喋らず、ただ考える。
どうやってここを出るか、ヒストリアを助けるにはどうしたらいいか。
自分の手に掛けられた鎖は本気を出せば千切れる。
ここを出るくらいはジェラルドの力でも簡単だろう、しかしヒストリアやマリベルの命が危うくなる。
こうして一緒に拘束されたスヴェンだって、どうなるかわからない。
静かに考えていたジェラルドだが、異様な気配に耳を澄ます。
「何だこの音は」
「音、ですか?」
隣の牢にいたスヴェンも耳を澄ます。
「何でしょう、地鳴り?」
足元が揺れる感覚に、二人は警戒する。
段々と音は大きくなってきた。
「一体、何だ?」
そう呟くと、ジェラルドのいる牢に大量の水が流れ込んできた。
「ぷはっ! これは、どういうことだ?!」
大量に水を浴び、全身びしょびしょだ。
こんな水不足の中で、まさか水責めされるとは思ってなかった。
あっという間にその水はジェラルドの牢を満たし、肩までせり上がってくる。
「ジェラルド様! 大丈夫ですか?!」
スヴェンの声だ。
自分の牢にこれだけ水が入っているとなると、隣のスヴェンの元にも大量に満ちているのではないか?
幸いジェラルドの首辺りで水の侵入は止まった。
「こちらは大丈夫だ、スヴェンは無事か?」
そう言って牢の外に目を向けると、明らかにおかしい。
ジェラルドのところにしか水がないのだ。
「どういう事だ、これは?」
大量の水に浸かったジェラルドは首を傾げてしまった。
「どういう事だ?!」
同じ時間、謁見の間にて怒鳴り声が響く。
「溢れた水が消えただと?! 何故だ!」
「わかりません。確かに水は湧いたのですが、あっという間に引いてしまって、無くなってしまいました!」
兵士の報告に国王はこめかみを引きつらせる。
アルベルトも眉間に皺を寄せた。
北の離宮で見た時にはそんなことなどならなかった。
湧いた水はそのまま留まっており、消えることなどなかったのに。
祈りを捧げたヒストリアは一気に力を使ってしまい、疲れて意識を失っている。
「そこの王女を起こせ。今すぐに」
苛立ちを隠しもせず国王は命じる。
すぐさま治癒師が駆けつけ、ヒストリアを回復させる。
「んっ」
ヒストリアはゆっくりと目を開ける。
目の前にいたのはジェラルドではなくて、がっかりする。
まだ悪夢の中だった。
「王女、どういったことか」
苛立ちと怒り交じりの言葉に、ヒストリアはキョトンとする。
「何の事です? 私は祈りを捧げました。水が湧いたと先程言ってらしたじゃないですか」
気を失う前に確かにその事を聞いている。
「確かに湧いたが、その水はすぐに無くなった。一体何をしたんだ。ジェラルドの首を刎ねてもいいのか?」
「何を、約束が違うじゃありませんか!」
国王の言葉に、ヒストリアは怒りを覚える。
言われた通りに自分は祈った。
気を失う程に強く。
なのに、そんな事を言うとは。
「水がないのであれば、ジェラルドは助けられん」
「一国の王たるものがそんなに簡単に約束を反故するとは、この国も終わりですね」
ヒストリアは噛みつくように言うと、周囲の顔色が変わる。
皆が剣に手を掛けた。
「国王陛下!」
その時に一人の兵士が入ってくる。
「地下牢に大量の水が流れ込みまして、ジェラルド殿下の体を飲み込んでいます! 至急応援を寄こしてください。すぐに救出しないと」
「なんですって?!」
ヒストリアは驚き、兵士に詰め寄ろうとしたが、阻まれてしまう。
「どいてください。ジェラルド様を助けに行かないと」
「陛下の許可なく行くことは出来ません」
ヒストリアは意地でも頭を下げたくなく、唇を噛み締める。
(こんな人たち嫌いだわ。でも、ジェラルド様が…)
心配だ。
早く会いたいのに、この人たちが邪魔をしてくる。
こんな負の感情は国で幽閉されていた時は思ったこともない。
ヒストリアの心はこの国に来て確実に変わり始めていた。
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