第10話 拘束

三日ごとに水を取りに兵士が訪れている。


国王はあれ以来離宮に来る事もなかったが、包帯を巻く必要もなく、部屋に隠れるくらいだけになったので楽になった。


国王の使者が帰り、薄暗くなってから、ヒストリアは部屋の外に出る。


日光をほとんど感じない時間帯なら、多少庭に出れるので、噴水を見に行ってみた。


ジェラルドも付き添い、夕方の散歩を行なう。


といっても歩くのは離宮の周辺くらいだ。


「ジェラルド様、ありがとうございます」


「付き添うくらい構わない」

二人は少し庭を歩き。ほぼ水のない噴水を見た。


「毎回枯れそうなほど持っていきますよね」


「遠慮などないのだろうな」

ジェラルド達への配慮などまるでない国王達に、さすがにヒストリアも憤りを感じていた。


「全くもう、あの薄くなった頭髪がもっと薄くなる呪いでもかけようかしら」


「そんなものがあるなら、ぜひお願いしたいな」


「では呪っておきましょう。薄くな〜れ、薄くな〜れ」

ヒストリアが眉間に皺を寄せ、国王のいる方角に念を込めた。


そんな姿を見たジェラルドが笑う。


「本当にするんだな」






ここ数日でジェラルドとヒストリアの距離はだいぶ縮まっていた。


ヒストリアは心に生まれた仄かな想いにそっと胸を押える。


最初の頃よりジェラルドは笑顔が増え、優しくしてくれる、ここにきた理由を忘れてしまいそうなほどだ。


(いいえ、いけないわ。私とジェラルド様はそういう関係ではないもの……)

散りゆく自分が想ってはいけない相手だと、頭を振る。


「どうした?」


「いいえ、ちょっと呪い疲れたのです。では私達のお水確保の為に祈りたいと思います」

ヒストリアは手を合わせ、目を閉じる。


祈りの内容はこのところジェラルドの事ばかりだ。


おかげで水の溜まりがすこぶるいい。


今日もあっという間にあふれんばかりの水が出る。


ジェラルドは感心した。






「素晴らしい力だね」

ジェラルドでもスヴェンでもない男性の声が響いた。


ジェラルドはヒストリアを庇い立つ。


「何故あなたがこちらに?」

琥珀色の髪に褐色の美丈夫がそこにいた。


誰だかわからず、ヒストリアはジェラルドにしがみつく。


この国の王太子アルベルトがそこに立っていた。







「ジェラルド、これは謀反か? このような力を持つものを秘密にしていたとは」


「いいえ。確証を得てからと思いまして。まだ彼女の力の原理がわかりません」

いけしゃあしゃあと言い放つ。


アルベルトが二人に近づいてきた。


「それが呪われた王女か」

アルベルトがジェラルドの体を押し退け、ヒストリアを見下ろす。


白い髪に白い肌、水色の目もまたじっとアルベルトを見かえした。


マリベルに用意してもらったドレスと、バランスの取れた三食昼寝付きの生活により、今のヒストリアは肌艶もよく、最初より綺麗になっていた。


「なんと綺麗な。人とは思えない不気味な風体とは聞いていたが、全く違うじゃないか」

アルベルトの嘆息に、ジェラルドは拳を握る。


非常にまずい。


このままではヒストリアが連れていかれてしまう。


「アルベルト様、見かけにだまされてはいけません。この女は呪われているのです」


「呪われている? 具体的には何があったのだ? お前のところに来て数日たったはずだが、そんな様子はなかったぞ。見張りからも報告はなかった」

見張りをつけられていたのか。


普段国王も兄にあたる王子たちもジェラルドに関心が薄い。


故に今回もあまり関心はないだろうと、油断していた。


「ヒストリア王女」

アルベルトが手を差し出す。


「このような小さく不便な離宮よりも、私と共に王城へ行きましょう。豪華なドレスも綺麗な宝石も何でもプレゼントいたしますよ。何不自由ない生活をお約束します」

にこにこと人の好さそうな笑顔をしたアルベルトを見て、ヒストリアは頬を赤らめて言った。


「お断りしますわ」

ヒストリアはジェラルドにしがみつく。


「ジェラルド様が私の運命の人ですもの。私がいるのはジェラルド様の側ですわ」

ジェラルドの腕に抱きつき、離れまいと力を込めた。


「……そんなやつの方がいいというのか?」

アルベルトの低い声。


ジェラルドはヒストリアを後ろに下がらせ、自身から離れさせる。


その直後、アルベルトの拳がジェラルドの頬を打った。


倒れはしないが、思わずよろける。


「ジェラルド様!」

ヒストリアが悲鳴を上げ、ジェラルドに駆け寄った。


「大丈夫だ」


「でも」

赤くなった頬を心配そうに見つめる。


「酷いです! このような事をするなんて!」

きっとアルベルトを睨みつけた。


「ジェラルドなど、たかが庶子だ。死んでも構いやしない」

アルベルトがヒストリアの腕を掴む。


「いや、離して!」


「いいから来い」

無理矢理引っ張るアルベルトの手を振りほどこうとするが、全く外れない。


ヒストリアの目からはぽろぽろと涙が零れる。


「ヒストリア!」

追おうとしたジェラルドの体をアルベルト付の騎士が押さえた。


「ジェラルド様!」

抵抗も出来ないヒストリアはそのまま連れていかれてしまう。


「ジェラルド様?!」


ヒストリアの悲鳴で異変を感じたスヴェンとマリベルが駆けつける。


「ジェラルド様から手を離せ!」

そういうと騎士たちは剣を抜く。


「ジェラルド=ユーグ=マルシェ、およびスヴェン=トワレ。貴様らは国家反逆罪で連行する」


「なっ?!」

さすがにジェラルドも驚いた。


「どういう事です、我々が何故?!」

剣を突きつけられたスヴェンも身動きが取れない。


「呪われた王女、という事で人を遠ざけ、水を呼び寄せる貴重な力を陛下にも知らせず独占していただろう」


「それは、しっかりと調査してからという事で保留にしていただけだ! 謀るつもりはない!」


「言い訳は後で聞く。牢に連れて行くぞ」



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