第9話 皆には秘密
ヒストリアが目を閉じて祈りを捧げると水が噴き出す、原理はわからないが恐らくこれが幽閉の元となった力だ。
これをどう報告するか。
水が出たことは知らせるつもりだが、ヒストリアについては絶対に知られてはいけない。
この力を知られればヒストリアはまた幽閉されるかもしれないからだ。
この美貌だけでも、連れてかれてしまう要因となってしまいそうだし、ジェラルドは頭を抱えた。
「本当に水が湧き出ているぞ!」
知らせを受け、北の離宮に来た国王は喜び、歓喜の声を上げた。
「ここ数年水が出ることはなかったのですが、突然に湧き上がったのです。これはきっと国王陛下の日ごろの行いの賜物でしょう」
急いで兵士達が来て、水を汲んでいく。
ヒストリアは部屋に待機させ、けして祈るなと厳命してきた。
「ふむ、報告ご苦労だ。突然湧き出るとは何とも不思議な……だが、これでだいぶ国も助かるぞ」
馬車まで用いて、大量の水を運ぶつもりのようだ。
ジェラルドは何も言わないが、ここにある全ての水を持っていくのだろう。
こちらの事など一切考えていない、本当に腹立たしい男だ。
「そういえばこの前捕らえた王女はどこにいる? 呪いなど本当にあったのか?」
覚えていたかと内心で、舌打ちし、ジェラルドは困ったような顔を作った。
「そうですね……陛下のお目に触れるのはどうかと思いましたが、会わせないわけにはいきませんよね。スヴェン、ヒストリア王女をここに連れてこい」
「はっ!」
命じられるままにスヴェンがヒストリアを連れてくる。
「これが、王女か?」
長い白髪はバサバサで、肌は一切見えない程ぐるぐると包帯が巻かれている。
「呪いの為か、皮膚が爛れてきてるようです。ほらこの通り」
ジェラルドがヒストリアの手を取り、腕の包帯を一部剥がす。
「うむ」
ヒストリアの肌を見た国王は小さく呻く。
皮膚は赤くなり、水ぶくれがあちこちに出来ていた。
「ある日突然このようになり、今は部屋で静養してもらっていたのです」
「そうなのか。いや、酷いものだな」
髪もパサつき、肌も醜い。
美女とは程遠いものだ。
「国王陛下……」
包帯の下からは嗄れた声がする。
「挨拶が遅れて申し訳ありません。そちらにすぐにでも行きたかったのですが、このような体で動くことも叶わず」
ゴホッとヒストリアは咳をする。
国王は不快げに顔を顰めた。
「良い、ヒストリア王女。もう部屋に戻って休むが良い。我々もそろそろ撤退する」
水はほぼなくなり、出てる水もちょろちょろになった。
ヒストリアは言葉に甘え、すぐに部屋へと向かう。
「何もおもてなしも出来ず、すみません。また水が溜まったらご報告しますね」
国王達を見送り、人の気配がなくなってから、ようやくジェラルドは肩の力を抜いた。
有り難い事に国王のお眼鏡には叶わなかったので、ヒストリアを無事に守り通せた。
安堵の息を吐き、ジェラルドは急いでヒストリアの部屋へ行く。
「ヒストリア!」
バン、と扉を開けていると、ヒストリアは丁度全身の包帯を外しているところだった。
白い肌があらわになっており、さすがのジェラルドも引き返す。
「すまない、つい」
「ジェラルド様、ノックくらいしてください」
マリベルの叱責に身を縮こませてしまう。
ようやく許しを貰え、中に入ったジェラルドは謝罪をする。
「急にドアを開けてすまなかった、腕は大丈夫か?」
ヒストリアの腕は本当に赤くなっている。
日光に当たってこうなってしまったのだ。
「大丈夫です。マリベルがもらってきてくれたお薬のおかげで、痛みは取れてきましたわ」
マリベルがこっそりと薬師にヒストリアの症状を伝え、貰ってきたのだ。
ヒストリアは眩しい笑顔を見せる。
ジェラルドはその笑顔に申し訳なく思った、日光を浴びたのはジェラルドを助け起こそうとした時だ。
ジェラルドが転ばなければ、ヒストリアも日の下には来なかっただろう。
「すまないな、折角の綺麗な肌に傷をつけてしまって」
「綺麗?」
ヒストリアはジェラルドの言葉を反芻する。
「ヒストリアは綺麗だぞ」
さらりと言われた言葉に、ヒストリアは顔を真っ赤にする。
「そんなこと言われたのは初めてです」
頬を赤くし、恥ずかしそうにするヒストリアにジェラルドも顔を赤くしてしまった。
うっかり本音が漏れてしまった。
二人は二の句がつげず、押し黙る。
二人の初心な様子にマリベルは微笑んだ。
「ヒストリア様、お湯を沸かしてまいりますね。御髪も綺麗にしないといけませんし」
国王の目を欺く為に、わざと砂などで髪を痛めておいた。
軽く梳くとマリベルはお湯を沸かしに部屋を出る。
「後ほどお茶を淹れてきますから二人はゆっくりしていてくださいね」
残された二人は静かになる。
何を話したらいいのか。
綺麗という言葉を意識してしまって、ヒストリアは何も話せない。
(駄目よ、ときめいちゃ! それでは、殺してもらえなくなるかもしれないじゃない!)
ドキドキし、赤い頬を押える。
(何を言った俺は。異性に可愛いだと?)
母を亡くし、話しをする女性はマリベルくらいだった。
そして第三王子とはいえ、庶子であり、いつも危険な最前線に送られる形ばかりの王族のジェラルドに、惚れるものはいなかった。
だから、こんな社交辞令的な言葉を素直に受け取ってくれるヒストリアは可愛く、純粋で、とても愛おしく思ってしまったのだ。
お互い意識し過ぎて、マリベルが来るまで終始無言となっていた。
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