第8話 祈りの力

食事を終え、ヒストリアは部屋で休ませてもらう。


日の光に慣れぬことも相談し、徐々に克服しようと気遣われた。


そしてヒストリアに丁度いい服もないため、調達するまでは部屋だけの生活となったもだ。


「ジェラルド様も色々あったのね」

詳しくは聞いてないし、あっけらかんとした口調だったが、辛いはずだ。


ヒストリアは無神経な自分を恥じる。


「せめてジェラルド様のお母様へ祈りを捧げましょう」

殺されたと言っていた、もしかしたら無念の思いがどこかに残っているのかもしれない。


今は食事もし、しっかり寝ていたから体力も回復している。


ヒストリアは胸の前で手を組んで、目を閉じた。





「どういった事だ?」

マリベルに呼ばれ庭に出ると、確かに枯れていたはずの噴水から水が湧いていた。


長年放置していたため濁っているが、畑の作物にかけたりなどで使えるだろう。


きれいに掃除すれば飲み水にも使えるかもしれない。


「何故急に水源が復活した?」

理由はわからないが、嬉しい事だ。


近年水は減っており、枯れる水源が多かった。


ここも数年ここでも水など出なかった為、諦めていたのだが、これは奇跡だ。


「陛下に報告しますか?」

スヴェンの言葉に迷う。


「いや、まずは調査だ。すぐに枯れてしまうようでは、報告するだけ無駄だ」

継続的に出るならば報告は必須だが、ヒストリアも見られてしまう。


あんな好色な男にかけらでもヒストリアの姿を見せたくはない。


もしかしたらそのまま召し抱えられてしまうかもしれないからだ、それだけは避けたかった。


しかし、何故今急に?


こんこんと水が湧き出る噴水を前に、いくら考えてもわからなかった。








離宮に来て数日が経つ。


ヒストリアは毎日お腹いっぱい食べられて幸せな気持ちだ。


そして他の人とお話しながら食事することがこんなにも楽しいとは。


いつもより食べ過ぎて、お腹が苦しい。


「そうだ、祈りを捧げよう」

お腹も少しは凹んで楽になるだろうし、幼い頃からの習慣はやっぱりしといた方が精神的にも落ち着く。


(ジェラルド様の為に……)

今日はジェラルドを想い祈った。


自分の運命の人、ジェラルドと話すことが楽しくて仕方ない。


ヒストリアの的外れの言葉に、呆れはしつつも真面目に付き合ってくれる。


色々な疑問も答えてくれ、美味しいといったデザートを譲ってくれた。


それによくヒストリアを褒めてくれる。


勉強熱心だとか、博識だとか、所作が綺麗だとか。


本で得た知識を披露していくと感心したように頭を撫でてくれる。


ジェラルドのあの大きい手がヒストリアは好きだ。


あの感触を思い出し、慌てて目を閉じ、祈った。


(好き、とかじゃないわ。私はいずれジェラルド様に殺してもらうんだから)

そう思いつつも頬の火照りはしばらく取れず、不思議と体もいつもよりほわほわと温かくなった。





「な?!」

噴水を調べたり掃除をしていたスヴェンは、急に噴出した水でびしょ濡れになってしまった。


「何なんだ、一体!」

ジェラルドは頭をガシガシと掻き、苛立たし気に舌打ちをする。


水が出るのは嬉しい。


しかし得体のしれない事など、不気味だ。


そして水があると知れたら他の者もここに来てしまう。


早急に原因を探り、何とかしなくては。



二人の声を聞きつけたヒストリアが建物内から二人を見る。


「どうしたのですか、スヴェン様!そんなに濡れて」

ヒストリアは驚きの声を上げる。


青い髪からはぽたぽたと水が滴っていて、全身びしょ濡れだ。


「掃除をしていたら水が突然噴出しました。おかげでこの有様です」


「急に水が? でもこの国は慢性的な水不足で、どこもかしこも枯れてるという話ですよね」

水がどれ程貴重なのかはヒストリアも知っている。


その為にシェスタ国は水が豊富なクーランに攻め入ったのだから。


「その原因を知りたかったんだがな……このまま水が湧いたままなのか、それともすぐに枯れそうなのか。そろそろ陛下に報告しなくてはなるまい」

貴重な水の存在を隠ぺいしたと、あらぬ嫌疑をかけられても困る。


でもヒストリアを見られたくもない。


葛藤してしまう。


「部屋で祈ってる間にこんな事が起こってたなんて、驚きです」


「祈り? まだしていたのか」

国の為、自分の呪いを解くためにしていると前に聞いたことがあった。


「していました、すっかり習慣化してしまいましたので。止める方が落ち着かないんですよね」

照れたようにヒストリアは笑う。


「そうか、真面目だな。ヒストリアは」

何気ない言葉なのに、ヒストリアは顔を赤らめてしまった。


「もう、ジェラルド様ってば、褒め上手ですね」

ジェラルドにとっては些細な言葉でもヒストリアには嬉しい言葉だ。


濡れたスヴェンの体をマリベルが拭いてあげて、スヴェンの代わりにジェラルドが噴水に入る。


靴を脱いで、ズボンをたくし上げ、葉っぱなどを除去している。


そんなジェラルドを見つめ、思わず胸の前で手を合わせていた。


(このままずっとジェラルド様を見ていたい……)


「ん?」

建物の中からこちらを見るヒストリアの胸元が微かに光っているのに気付いた。


「ヒストリア、体が」

光っている、と言おうとして言えなかった。


急に噴出した水に驚き、足を取られ、ジェラルドは倒れてしまった。


「大丈夫ですか?!」

思わず駆け寄るヒストリアが濡れるのも構わず手を出してくる。


その手に掴まってもジェラルドを引っ張れるとは思わなかったが、とりあえず握らせてもらった。


噴水の外に出て、じろじろとヒストリアの胸元を見ているとタオルを持ってきたマリベルに怒られる。


「女性の胸をじろじろと見るものではありません!」


「まぁ! ジェラルド様ったら」

恥ずかしさとちょっぴりの嬉しさを感じつつもヒストリアは胸を隠す。


異性として見てくれたのかとドキドキしたのだ。


「違う、さっきヒストリアの体が光ったんだ」


「私の?」

全く気づいてはいなかった。


「もう一度先程と同じポーズをしてくれ」


「こうですか?」

胸元で手を合わせるが、何も起こらない。


「おかしいな。さっき確かに光ったのに」

ジェラルドが口元に手を当て、考えている。


(私の為に考えてくれている……嬉しい)

そんな風にジェラルドの事を考えると、今度は確かに体が光るのを感じた。


それと同時に噴水から大量の水があふれ出してきて、皆の足を濡らしていく。


「原因は、ヒストリアだったか」

川のように出てきた水に皆が唖然とした。


「そう、なのでしょうか?」

ヒストリアは祈りのポーズをしたまま、思いもかけない事に苦笑いを浮かべていた。

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