ヒストリアの薔薇ー呪われた王女と要らない第三王子

しろねこ。

第1話 運命の人

シェスタ国は限界であった。


どんどん水がなくなり、生きることが苦しくなってきた。


民の間では死者も出ている。


裕福な隣国へ出した救援要請は、拒否された。





裕福なクーラン国では王族は豪奢な生活を送っている。


それに反比例し、民たちは酷い扱いを受けているようだ、貴重な水は王宮にしか回されず、民たちは高い金を出して水を買わねばならない。


重税も言いつけられ、金も水もなく、作物も育てられない。


飢えと病気でクーランの民の限界だった。


故にシェスタ国は民達には傷つけぬと約束し、クーランを侵略したのだ。


民達を救うという大義名分を掲げ、財と貴重な水を奪うため、発起した。






「ジェラルド様」

名を呼ばれ、一人の青年が振り返る。


黒髪に褐色の肌、瞳は赤く、血のような色をしていた。


鎧を纏い、手には剣を携えている。


「どうした、何かあったのか?」


「不気味な女を見つけたのですが、その女があなたに会わせろと言っておりました。そうでなければ動かないと言って困っています。無理に触れようとすると、呪われると言われ、兵士も怖がっております」


「何だそれは」

そんな子どもじみた脅しに怯むような兵士など、連れてきた覚えなどないんだが。


これは戦争である。


ジェラルド達は攻め入った側だが、まだそんな勝手を言うものがいたのかとも驚いた。


切り捨てられても文句も言えないだろうに、死にたいのだろうか。


だがここは王宮、もしも王族に連なる者であれば、無闇に殺すのはよくない。


公開処刑も念頭にある。


長年民たちを苦しめてきた王族の無惨な死を、この国の民は求めているのだ。


重税に重税を重ねて買った民たちの恨みは相当募っている、犯してきた罪はあまりにも重い。


この部隊の責任者となっているジェラルドは促されるまま、兵士に付いていった。





「ここか?」

まるで隠されているかのようなところに扉があった。


壊された鍵は五個、厳重に閉じ込められていたようだ。


「えぇ。隠し財産でもあるかと思ったら、違いました。一人の女が幽閉されていたのです」

扉を開けると地下への階段があった。


灯りを持ち、下っていくと、少し湿っぽい匂いがする。


長い通路を歩き、しばらくしてからようやっと開けた場所にたどり着いた。


「不思議なところだ」

明かりが所々についていて、普通の部屋と変わらないような広さだ。


地下にこのような場所があるなんて。


ドアを開けるとさらに驚いた。


よくある客室のような部屋があったのだ。


絨毯が敷かれ、壁沿いには本棚があり何百冊と本が並んでいた、壁が白く塗られていて少しだけ明るく感じられる。


絨毯を追った先にはベッドやソファがあり、そこで件の人物がいることに気がついた。


「お前か。俺を呼んだ女は」

声を聞いた女が顔を上げ、ジェラルドは息を飲んだ。


(何だこの女は?)

今まで見たことも会ったこともないような異様な雰囲気の女だ。


白い髪に白い肌、空色の瞳は透き通っていて何もかも見透かしそうに澄んでいた。


この辺りに住みものは皆褐色の肌をしている、それを考えると確かに不気味と評されても仕方ない容姿だ。


しかし、ジェラルドは違った。


(何だ、この気持ちは?)

まるで目が離せない。


庇護欲と滅茶苦茶にしたい衝動に襲われる。


守りたい気持ちと壊したい気持ちが同時に湧き上がり、剣を女に向けた。


「お前は何者だ、何故俺を名指しした?」

女は首元の剣を一瞥した後、真っすぐにジェラルドを見る。


「あなたが、ジェラルド=ユーグ=マルシェ?」

鈴を転がすような綺麗な声にくらくらした。


「そうだ」

ジェラルドは女の魅力に負けぬよう歯を食いしばって答える。


震える剣は女の首を少し傷つけ血が流れたが、女は嬉しそうだ。


「あなたがそうなのね! よかった、やっと会えた。私の運命の人」

女の顔に血が通い、頬が紅潮する。


潤んだ瞳で見つめられ、思わずジェラルドは剣を引いた。


体が熱くなり、鼓動が煩く聞こえる。


これが呪いか。


「運命の人とは、どういうことだ……」

ジェラルドはようやく声を絞り出す。


女は熱に浮かされたような艶っぽい声で訴える。


「お願い……私を殺してください」

唐突なお願いにジェラルドは言葉を失った。

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