第2話:レーネと薬草
星が広がる空の下で、ランタンに火を灯した私は、薬草菜園にコッソリと足を運んでいた。
「起こしちゃってごめんね。どうしても今夜のうちに準備しておきたくて」
薬草菜園は一人で管理しているので、誰かに許可を求める必要はない。しかし、私は足元で育つ薬草たちに話しかけるようにしていた。
亡くなったおばあちゃんに『薬草と心を通わせるために話しかけて、ちゃんと声を聞いてあげるんだよ』と育てられたので、律儀に教えを守っている。
だって、もう何も教えてもらえないから。
どんな些細なことであったとしても、私にとっては大切な思い出であり、教えでもある。それを守り続けるだけでいい……そう思って生きてきたのに、まさか追い出されるなんて。
こんな栽培者と一緒にこの地を離れることを、薬草たちは受け入れてくれるだろうか。
少し不安な気持ちになりつつも、教えに反することなく、薬草に問いかけてみる。
「遠くの地に引っ越すことになったんだけど、一緒に来てくれる元気な薬草はいないかなー」
薬草たちの反応を聞くため、周囲に薄く魔力を散布させた。すると、いくつかの薬草が返事をするかのようにガサガサッと揺れる。
「すぐそっちに行くから、ちょっと待っててねー」
予め用意していたスコップと鉢植えを持ち、反応した薬草の元に向かった。
こうして薬草の意思を汲み取りながら栽培するのが、おばあちゃんから教えてもらった栽培方法なのだが……、本当に薬草と意思疎通が取れているのかは、わからない。
子供の頃は、本当に植物と会話できるようになるものだと思っていたけど、大人の悪しき心がそれを邪魔する。
私の魔力に反応して揺れただけ、そんな現実がわかる年頃になってしまった。が、おばあちゃんの教えに
「少しの時間だけ窮屈な鉢植えに移すよ。仮住まいだから許してね」
根を傷つけないようにスコップで掘り起こし、ゆっくりと鉢植えに移していく。
薬草は栽培が難しいと言われている植物で、ストレスを与える行為は厳禁。強い衝撃を与えたり、狭い場所で栽培したりすると、薬草の魔力が乱れて枯れる原因になってしまう。
だから、慎重に鉢植えに移し替えなければならない。
これが初めて薬草を移植させるということもあり、私は丁寧な作業を心がけていた。
「去年は無理して枯らせちゃったから心配だなー。無事に移植できるといいんだけど」
年々収穫量が下がってるし、薬草の質も落ちている。おばあちゃんと作っていた時は、もっと薬草が元気に見えたのに、今はそれがない。
そんな状態での移植作業ということもあり、不安な気持ちだけが大きくなっていく。
本当にこの地から無事に薬草を持ち出せるのか、と。
「ううん、考えても仕方ない。今は薬草を移し替えることに集中しよう。やれるだけのことはやってみるから、少しだけ我慢して付き合ってね」
薬草が返事をするように葉を揺らした姿を見て、すぐに気持ちを持ち直すのだから、私は単純なのかもしれない。
おばあちゃんの形見を絶対に枯らさない、そう思いつつ、作業を続けていくのだった。
***
ようやく作業が終わって、夜が更ける頃。倉庫にある荷車に鉢植えを載せて、薬草を移植させる準備を終えた。
持ち出す薬草の量が多い気もするが、婚約の条件に含まれているので、父も文句は言えないだろう。
すでに金貨八千枚ももらっているため、もはや雑草にしか見えないかもしれないが。
「ふわぁ~。何とか間に合ってよかった……」
出発の準備ができた安堵からか、思わず大きな欠伸が漏れ出てしまう。
私の荷物なんて準備するほどないし、今は少しでも体力と魔力を回復させておきたい。わざわざ自室に戻っても床の上で寝るだけだし、このまま倉庫で仮眠を取って、明日に供えよう。
まだ薬草の移植作業は始まったばかりなのだから。
荷車の隣で疲れきった体を横にすると、眠気が襲ってくるよりも先に、まだ見ぬ婚約者のことで頭が埋め尽くされてしまう。
「化け物公爵と呼ばれる獣人……か」
金貨八千枚もの大金を出して、面識のない私に婚約を申し込むなんて、いったい何を考えているんだろう。
流行り病で病人が増えたのか、魔物の被害で怪我人が多いのか、公爵さま自身が病気になられたのか。
いくつか状況は考えられるけど、どれも金貨八千枚も出すほどとは思えない。薬草の取引を増やした方が安上がりだし、わざわざ私を婚約者に選ぶメリットが見つからなかった。
どちらかといえば、自分の領地で薬草を栽培したい、そんな強い意思が感じられる。
「どんな理由があったとしても、ベールヌイ公爵が薬草に興味を持っているのは、間違いないよね。私にも興味を持ってくれているのかは、さすがにわからないけど……どんな人なんだろう」
急遽、見知らぬ獣人の元に嫁ぐことになった前夜。私はまだ見ぬ婚約者のことを思いつつ、眠りにつく。
薬草栽培に興味を持ってくれるなら、おばあちゃんみたいに優しい人であってほしいなーと思いながら。
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