第43話:つ、つ、妻だから!

 父たちが騎士に取り押さえられ、何事もなかったかのようにパーティーが再開するが……。私とリクさんはそこにいなかった。


 どんな事情があったとしても、騒ぎを起こした者として、責任を取らなければならない。そのため、リクさんについてきてもらって、取り押さえてくれた騎士の元へ謝罪に向かうと――、


「陛下のご命令は、罪を犯したアーネスト家の捕縛だ。が気にされることはない」


 と言われ、血縁関係である私に疑いの目が向けられることはなかった。


 それどころか、逆に謝罪するかのように、頭を下げられてしまう。


「情報が行き届いていなかったとはいえ、彼らをパーティーに参加させたのは、運営側のミスだ。事実確認で対応が遅れて、大きな騒ぎになってしまい、本当に申し訳ない」

「あっ、いえ。全然大丈夫です。こちらこそご迷惑をおかけして、本当にすいません」


 真摯に対応してくださる騎士の方に、思わず私も頭をペコペコと下げてしまった。


 嫁いだ以上は当たり前のことだが、私はいま、ベールヌイ公爵夫人として見られている。本来なら、もっと堂々とした態度を取り、騎士を労う言葉を口にすることが求められるだろう。


 そんなことを頭で理解していても、急にはできない。ここは一歩後ろに引いて、リクさんに任せるとしよう。


「幸いなことに、に被害は出なかった。警備に問題はなかったと認識している。運営には、次から気を付けるように伝えてくれ」

「はっ!」


 ……妻? ……妻か。……うん。私はちゃんと妻と認識をされていたのか。ふーん。


 何とも言えない高揚感に包まれながら、リクさんと一緒にその場を後にした。


***


 今さらパーティーに戻ると無駄に注目を浴びそうなので、今日は一足早く帰ることになった。


 国王さまに招待されている以上、途中で帰るべきではないと思うが、こんな状況ではそうも言っていられない。リクさんも同じ気持ちみたいで、すぐに帰るための段取りをつけてくれた。


 二人で広い王城を歩き、魔獣化しても目立ちにくい裏庭にたどり着くと、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「国王さまの召喚命令は大丈夫だったんですか?」


 父と対峙した時、国王様に何か言われたリクさんは、アーネスト家の事情に詳しかった。騎士もアーネスト家の捕縛命令を受けていたから、そのことで呼ばれたことくらいは推測できる。


 ただ、強制力の強い召喚命令を使う理由がわからなかった。


「半分は結婚したことをいじられただけだ。もう半分は、レーネの身を守るように言われた」

「えっ? こ、国王さまに、ですか?」


 あまりにも衝撃的なことを言われ、私は言葉を失ってしまう。


 まさか国で一番偉い方に身の安全を確保するように言われる日が来るなんて。私には、薬草を育てることしか能がないというのに。


 ……いや、もしかしたら、それが原因なのかもしれない。アーネスト家は建国から薬草栽培を営み続けていたし、おばあちゃんが聖女と呼ばれるほど活躍した時代もあった。


 ましてや、ベールヌイ家の魔獣化を止めるためには、絶滅危惧種に指定されているヒールライトが必要なわけであって――。


「アーネスト家は消滅するだろうが、その血筋は失われていない。この国に必要不可欠な人材として、必ず保護するように言われている」


 ちょ、ちょっと話が重いんですけど! いや、国王さまの言葉ということを考慮すると、とんでもないほど重い!


「急激に胃もたれしてきました。聞かない方がよかったかもしれませんが……今更ですね。おそらくですけど、ヒールライトが関係しているんですよね?」

「そうだ。絶滅危惧種に指定されているヒールライトは、過去に戦争を止めたほどの影響があるらしく、何としてでも栽培したいと言っていた」

「……戦争を止めた? それ、本当に言ってます?」

「そのあたりもうまく伝わっていないんだろうと、国王が危惧していたぞ。かつては他国の国王が患っていた不治の病を治療して、停戦交渉の場を作り、隣国の戦争を止めたと聞いている。昨今、アーネスト家が不作続きで頭を抱えていたそうだ」


 国王さまが頭を抱えていたと聞かされ、私の方が頭を抱えてしまう。


 おばあちゃんとの約束がどれだけ重いものであったか、今頃になって痛感していた。


『我が家に受け継がれてきた薬草だけは、絶対に絶やしてはならないよ。レーネは薬草を育てるために生まれてきたんだからね』


 それはそう! 国王さまが動くレベルなら、個人の意思で辞められるわけがない! 


 他国と良好な関係を保つためにも、絶対に栽培しなければならなかったのだ!


「てっきりベールヌイ家の魔獣化を止めるために栽培しているのだと思っていました」

「それもあるだろうな。ベールヌイ家があの地で魔物を食い止めることで、この国は魔物の被害が極端に少なくなっている。魔獣化の暴走を止められるかどうかで、国の行方が決まると言っても過言ではない」


 もうすでに国の危機を救っているという事実まで聞かされ、早くも私は頭がパンクしている。


 今はこれ以上聞かない方がいいだろう。主に、自分の精神を保つという意味で。


「恐れ多い話ばかりです。私は細々と薬草が栽培できたら、それでよかったのに」

「薬草の役割を考えたら、なかなか難しいのかもしれないな。ベールヌイ家で薬草栽培がうまくいっていると知った国王が、手放しで喜んでいたぞ」

「変に期待されても困りますけどね。無理に栽培量を増やすと枯らしてしまいますので」

「しばらくは様子を見るだろう。アーネスト家の血筋に負担をかけたくないと言っていた。国王が、蔑まれていたレーネの存在に気づけなかったと、珍しく自分を責めていたよ」


 そう言ったリクさんの言葉を聞いて、私は居たたまれない気持ちになってしまう。 


 今までどうやって過ごしてきたのか、隠し通すべきか打ち明けるべきか、悩んでいた時期があった。


 変に心配をかけないようにと、隠すことにしたんだけど……。


「リクさんも気づいていましたよね?」

「まあな。あれだけ不自然な嫁ぎ方をしてこれば、誰でも気づくだろう。国が調査した結果も聞かされたが、良いイメージは一つも持たなかったな」


 やっぱり誤魔化しきれていなかったのか。実家のことを聞かれなかったのは、私が傷つかないように気遣ってくれていたんだろう。


「すいません。今まで言い出せなくて」

「気にする必要はない。こっちも魔獣化のことを黙っていたんだから、お互い様だ」


 慰めてくれるリクさんの言葉を聞いて、私は今朝の魔獣化の訓練のことを思い出す。


 煎じたヒールライトを飲んでいるリクさんは、魔獣化が暴走する恐れはない。自分の体のことだから、リクさんも薄々気づいているだろう。


 それならそうと言ってくれれば、無理に訓練なんてする必要はなかった。それなのに、ちょっと嫌そうなフリをして、リクさんは訓練を受け続けている。


 私はその理由を探るため、魔獣化の治療がうまくいっていると知らないフリをして、問いかけてみる。


「そういえば、魔獣化はすっかり安定してきましたね」

「短時間であれば、魔獣化しても問題ないだろう。体に悪影響が出ることもない」

「長時間はまだ難しいと……?」

「まだ魔獣化が使えるようになったばかりだからな。もう少し訓練するべきだ。あれくらいのものであれば、レーネと二人でもできるだろう」


 ほっほー! 確か、今朝マノンさんには不要だと言っていましたが、私には必要だと言うんですね。


 それも、二人きりでの訓練をご所望ですか。これは何か裏がありそうですね。


 ここまで確証できる言質をいただけると、マノンさんが言っていた通り、リクさんは私に撫でられたい願望があるのかもしれない。


 な、なんといっても、つ、つつ、つ、妻だから!


 ちょうど二人きりなので、屋敷の中では聞きにくいことを尋ねてみよう。


「リクさんって、私のことをどう思っているんですか?」

「なっ!? なんだ、いきなり」


 わかりやすく動揺したリクさんは、沸騰したヤカンのように顔を赤くした。


 いま思えば、リクさんは何度も顔を赤くする場面が何度もあったと記憶している。


 まさか私の旦那さまだと思っていなかったから、気にすることはなかったけど……これは、気があると言ってもいいのではないだろうか。


「せっかくパーティーに参加するからと、マノンさんにおめかししてもらったので、こういう時に聞くべきだと思いまして」


 よって、私はグイグイと押してみる。


「前にも言ったが、俺たちはもう家族だ。それでいいだろう」


 どうやらハッキリと言わないタイプらしい。


 もう二度とパーティーに参加しないかもしれないので、せっかく女の子っぽい姿になっている私は、ここぞとばかりに耳元に顔を近づけてみる。


「旦那さまと呼んだ方がよろしいですか?」


 薬草と戯れて過ごしてきた私にとっては、頑張った方である。いや、かなり頑張ったと言っても過言ではない。


 それなのに、リクさんは……。リクさんは……!


「魔獣化するのはずるいですよ! 逃げましたね!」


 強制的に会話をシャットダウンするという荒業に出てしまった。


 これには、さすがの私もご機嫌斜めである。しかし、本当の気持ちを察するという意味では、かえって好都合かもしれない。


 なぜなら、モフモフになったリクさんの感度は高い! フフフ、どこが気持ちいいのか、教えていただきましょうか!


 この日、王城の裏庭でひっそりとモフモフを楽しむ私は、少なくともリクさんが好意的な印象を持ってくれていることを察した。


 それは、人として好きなのか、妻として愛してくれているのかわからない。


 ただ、互いに特別な人であるような気がしたのだった。

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