第42話:化け物思考2

 僅かに瘴気を吸ってできたアザを見た私たちは、まったく反省する気配のない義妹たちの心を揺さぶることにした。


 自分たちが瘴気をまいたのであれば、罪を償うために、まずはそれを自覚しなければならない。


 アーネスト領に住む人たちは、もっと苦しんでいるはずだから。


「よく見てみると、思ったよりも進行が早いです。すぐに治療しないと、難しいかもしれません……」


 そんなことを真剣な表情で言ってみると――。


「早く治療しろ! 見殺しにするつもりか!」

「本当に使えない女ね! 呑気なことを言う暇があると思っているのかしら!?」

「お義姉さま、私は聖女なのよ! 早く治療しないと罪に問われるわ!」


 などと、とんでもないほど自分勝手な意見が返ってきた。


 果たして、治療される側の立場だとわかっているんだろうか。やはり、彼らが本当の化け物に違いない。


 こんな手の付けられない状態を見て周囲の貴族はドン引きし、騒ぎを聞きつけた騎士が集まり始めている。


 どよめきが起こり、パーティー会場は騒然としているが、リクさんは冷静だった。


「何を勘違いしているのかわからないが、違法栽培を認めた時点で罪人になり、爵位は剥奪される。こちらに治療する義務はない」


 リクさんが淡々とした表情でそう伝えると、さすがに爵位を失うことには耐えられないのか、父が動揺している。


 先ほどまでの強気な態度が嘘のように目が泳いでいた。


「な、なぜお前みたいな獣にそんなことを決められなければ――」

「俺が決めたわけではない。国王の意思だ。周りの状況を見ても、どういう扱いを受けるのかわからないのか?」


 もはや、この現場の雰囲気を見て、無事に帰れる保証など一つも存在しない。騎士たちが大勢の貴族を守るように武器を構え、包囲している。


 早くもアーネスト家の三人は、貴族ではなく、罪人として扱われていた。


 パーティー会場にいる大勢の貴族たちも同様に、蔑むような視線を送っている。


「自惚れたダメ貴族の典型的な例ね」

「ベールヌイ公爵に失礼な態度を取っている自覚もないんだろうな」

「自分勝手すぎるわ。同じ貴族として恥ずかしいもの」


 騎士たちに武器を向けられる姿を目で見て、大勢の貴族たちに否定される言葉を耳で聞けば、さすがに彼らも状況を理解せざるを得ない。


 ただ、化け物思考を持つ彼らが簡単に諦めないのも、また事実である。


 事もあろうか、散々侮辱してきた私に助けを求めるような視線を送ってきた。


「レーネ、彼らに何かを言ってやってくれ。我々は家族ではないか」

「少しくらいは家族の役に立ちなさい。みっともないわよ」

「ぜ~んぶお義姉さまが悪いんだから、家族のためにちゃんと責任を取ってくれるよね」


 家族という言葉の本当の意味を理解している私には、到底無理な話である。


 そして、こんな光景を常識のある人が見ていれば、普通は同情するわけであって……。


 現在、私はとても哀れむような視線を浴びている。


 この状況を見守る貴族だけでなく、武器を構えている騎士まで、心配してくれているのだ。


 だから、この場でしっかりと彼らに別れを告げなければならない。それが将来の自分のためでもあり、ベールヌイ領に過ごす本当の家族のためでもある。


「私はもうベールヌイ家の人間なので、アーネスト家に関与することはありません。罪人と判断された方を勝手に治療すれば、私が罪に問われますので、そちらもできかねます」


 厳しい言葉のようにも感じるが、正当な理由で断っているため、周囲の人々の反感を買うことはない。


 しかし、化け物思考の彼らが納得するはずもなかった。


「ふざけるな! 我々は治療が済むまで一歩も動かんぞ! 話はそれからだ!」

「そうよ! 治療されなきゃ動かないわ! 貴族の命を何だと思っているのかしら!」

「死んだら、お義姉さまのせいよ! 聖女を見殺しにした罪で処刑されちゃうんだから!」


 混乱する三人が動揺して、瘴気の影響をまったく感じさせないほど悪態ついていると、一人の騎士が一枚の紙切れを持ってくる。


「あなた方三名に対して、緊急捕縛命令が出ている。今後は国の調査によって、真実が暴かれるであろう。ここがの釈明の場になるかもしれないが、何か言いたいことはあるか?」


 正式な書類を突き付けられた彼らは、睨みつけるようにそれを見て、少しずつ顔色が変わり始める。


 その表情は次第に絶望に満ちていくが、それでも罪の重さを理解できていないみたいだ。


 こんなことで捕縛されるほどの罪に問われるのか、そう言わんばかりに驚いている。


 しかし、自分たちが置かれている状況を確認して、正式な書類まで見せられては、これが現実だと受け入れざるを得ない。


 そのことにいち早く気付いた父は、顔を真っ青にしながらも、カサンドラを指で差した。


「瘴気を作り出したのは、カサンドラだ! すべてはカサンドラが勝手にやったことだ!」

「あなた、どういうつもりなの!? あなたが補助金を使い込んでいなければ、こんなことにはならなかったのよ! 全部あなたのせいだわ!」

「そうよ、パパのせいよ! 私はパパの言った通りにしただけだもの! 私は何も悪くない!」


 少しでも自分の罪を軽くしようと、互いに罵り合う姿を見れば、もう誰も彼らの言葉を聞き入れることはない。


 その結果、釈明の場は不要だと判断した騎士が詰め寄り、父の喉元に剣を突き付ける。


「聞くだけ無駄だったな。このような連中に関わるべきではない。目障りだ。処遇が決まるまで、地下牢に入れておけ」


 あっという間に屈強な騎士たちに押さえ込まれた三人は、パーティー会場を強制退場させられていく。


「なぜだ! すべての元凶はカサンドラだと言うのに!」

「あなたが元凶よ! 私は何もしていないもの!」

「ママだって、最高級の宝石を買っていたわ! 私が欲しかったのに!」


 最後まで互いを罵り合う声は、彼らの現状を表すかのように、虚しく響き渡るのであった。

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