家族に売られた薬草聖女のもふもふスローライフ(旧タイトル:家族に売られた令嬢は、化け物公爵の元で溺愛されて幸せです)

あろえ

第一部

第1話:家族に売られた

「朗報だ……! ついにこの時がやってきたぞ‼」


 日が暮れて、まだ間もない頃。

 古い屋敷の一室で、欲望に満ち溢れた父がニヤリと口元を緩めた。


「レーネが売れた! これで疫病神ともおさらばだ!」


 突然の報告を受けても、実の娘である私、レーネ・アーネストは表情を変えずに真顔で立ち尽くしている。


 別に感情が欠落しているわけではない。父がこよなく愛するのは金と義妹であり、自分は邪魔者だと理解しているからだ。


 そのことを象徴するかのように、義母と義妹のカサンドラが嬉々とした表情を浮かべていた。


「本当なの、あなた! ようやくレーネを売り払うことができるのね!」

「奴隷? 奴隷なの? お義姉さまは奴隷商に買い取ってもらったの!?」


 奴隷を期待する義妹には申し訳ないが、この国は人身売買が禁止されている。


 父が「売れた」と言っているのは、おそらく嫁ぎ先が決まったことを表しているだろう。


「レーネを買ったのは、マーベリック・ベールヌイ公爵。化け物と恐れられる獣人がめとりたいと言ってきたんだ!」


 やっぱり縁談の話があったんだなーと、私は自分のことなのに、どこか他人事のように感じていた。


 それもそのはず。十六歳にもなって社交界デビューをしていない私は、貴族の世界に疎い。婚約者が化け物公爵と聞いても、どんな人なのかサッパリわからなくて、実感が湧かなかった。


 しかし、家族は違う。人の不幸を喜ぶ悪魔のように、狂気に満ちた表情で笑っている。


「アハハハ! よりにもよって、あの獣臭い化け物公爵に買われるなんてね! いい気味だわ!」

「さっすがお義姉さま! きっといろんな意味で可愛がってもらった後、無惨な姿で死んでいくのね。とってもお義姉さまらしい最期になりそうだわ!」

「貴族の女が獣と繁殖するなんて、レーネ以外にはできんぞ! 骨まで食われるんじゃないか?」


 散々な言われようをしているが、身内のことを大きな声であざ笑う彼らよりも酷い人がいるとは思えない。


 私には、家族が一番の化け物に思えて仕方なかった。


 どうしてこんな風になったんだろう。おばあちゃんが生きている頃は、平穏な暮らしをしていたのに……。


 建国から国を支え続けるアーネスト家は、女性が当主になり、薬草菜園を営む決まりがある。


 後継ぎとして生まれた私も同じ道を歩むため、分娩直後に亡くなった実母の代わりに、おばあちゃんがいろいろなことを教えてくれた。


 薬草栽培の仕方だったり、魔法の使い方だったり、野菜の育て方だったり。


 そのおかげもあり、八歳という若さで植物学士の国家資格に合格して、幸せに暮らしていたのだが……。


 八年前におばあちゃんが亡くなると、事態は急変する。


「ようやくこれで哀れな娘と縁が切れ、家族水入らずで過ごすことができるよ」


 まだ幼い私の代わりに当主になった父が、愛人と隠し子を連れ込んで、あっという間にアーネスト家を乗っ取ってしまったのだ。


 当然、子供だった私に対抗する術はない。薬草菜園を守るだけで精一杯だったし、食事の量を極限まで減らされ、反抗する気すら起きなくなっていた。


 その結果、アーネスト家の正統な後継ぎであるはずの私はいま、用済みと言わんばかりに追い出されようとしている。


「領内で栽培している薬草を株分けする条件付きだが、レーネを買い取ってくれるなら、それくらいはいいだろう。まったく、物好きな化け物もいたものだ」

「あなた。獣の考えることなんて、人間にわかるわけがないでしょう? で、いくらなの? こんなにも土臭くてみすぼらしいレーネのことだもの、きっとお安いんでしょう?」

「フッ、驚くがいい。なんと、支度金の金貨一千枚も含めて、金貨八千枚! 相当気に入っているみたいで、その場で全額払ってくれたぞ! ガハハハ!」


 我が家の十年分の収入となれば、父の笑いが止まらないのも無理はない。


 我ながら随分と高く売れたものだと感心した。


「おい、レーネ。化け物公爵の気が変わらないうちに、早く薬草を持って出ていけ。目障りだ」

「そうよ、明日の朝には出ていきなさい。どうせ薄汚れた女が着飾っても仕方ないし、支度金は不要ね。カサンドラのために使いましょう」

「さっすがママ、わかってるぅ~♪ 化け物公爵に人間の価値がわかるはずないもんね。だって、こんなにも貧相なお義姉さまを嫁にするんだもん。ぷぷぷ」


 まともに食事させてもらえない私が貧相に見えるのは、当たり前のこと。まるで、枯れ果てた木のように細くて、とても貴族令嬢とは思えない体をしていた。


 せめて、頂いた支度金で外面だけでも着飾るべきだと思うのだが……、そんなことはどうでもいい。


「わかりました。明日、ベールヌイ公爵の元に嫁ぎます」


 正当な理由で薬草を持ち出し、この家族から離れられるのであれば、どんなことでも受け入れるつもりだ。


 ここに私の居場所がないことくらいは、わかっているから。


「あなた、そんなことよりカサンドラの婚約はどうなったの? 良い話があると言ってたわよね?」

「そうよ、パパ。ようやくお義姉さまがいなくなるんだから、私の婚約くらいパパッと決めてよね」

「まあまあ、落ち着きなさい。大事な話は部外者がいなくなった後にしよう。どこで情報が漏れるかわからないからな」


 早く出ていけ、と言わんばかりに父に睨まれ、私は部屋を後にする。


 薬草を持ち出す準備をするため、そのまま屋敷の外に飛び出し、綺麗な星空を見上げた。


 すると、ふとおばあちゃんの言葉を思い出す。


『我が家に受け継がれてきた薬草だけは、絶対に絶やしてはならないよ。レーネは薬草を育てるために生まれてきたんだからね』


 こんなに惨めな思いをしてまで、薬草を育て続ける意味があるのかわからない。植物を育てることしか教育されてこなかった私には、おばあちゃんとの約束が呪いのように思えたこともあった。


 それでも薬草を育て続けたのは、この家から逃げるのが怖かったわけでも、アーネスト家に生まれた使命を果たしたかったわけでもない。


 母の代わりに育ててくれたおばあちゃんとの約束を破ったら、私も化け物みたいな心を持ちそうで怖かったからだ。


「生まれ育った土地じゃなくてもいいよね。薬草が育ったら、おばあちゃんは納得してくれるよね」

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