第5話:気遣い上手なジャックスさん

 街中をジャックスさんに先導され、一軒の屋敷に到着すると、私はあまりに大きい敷地に圧倒された。


 広い庭に綺麗な花が育てられ、噴水から勢いよく水が飛び出している。暑くなって寝具の衣替えをしているのか、小さな猫っぽいメイドさんが布団を干していた。


 近年、床の上で寝てばかりの私にとっては、刺激的な光景だ。清潔な布団が風で揺らされ、心地良さそうに干されているではないか。


 どうしよう。化け物公爵の元に嫁ぎに来たはずなのに、どこか期待してしまう。


 本当におばあちゃんみたいな優しい人が領主さまなのではないか、と。


「私、嫁ぐところ間違えてないかな……」

「間違えてねえよ。今日から嬢ちゃんが暮らす屋敷だ。そのうち見慣れるだろう」

「本気で言ってますか? って、あれ。馬はどこに……?」

「嬢ちゃんがボーッとしている間に、馬小屋に入れてきた。これくらいで驚いてたら、薬草栽培なんてできないぜ」

「だ、大丈夫ですよ。……たぶん」

「じゃあ、こっちについてきてくれ。嬢ちゃんの薬草菜園は、裏庭でやってもらう予定だ」


 そう言ったジャックスさんの後をついていくと、とても裏庭とは思えない土地に案内された。


 どれほど広いかといえば、私が栽培できる範囲を軽く超えるほどに。


「思っている以上に広いですね……。でも、陽当たりも良い場所ですし、薬草を栽培するには適しているかもしれません」


 正直、急な公爵家の打診だったから、栽培が難しい土地に案内されることを覚悟していた。でも、ここは違う。


 土が柔らかく、水分が十分に含まれていて、魔力も濃い。耕した形跡が残っているので、元々何かを栽培していたんだろう。


 そのおかげもあって、薬草を育てるにはちょうどいい土地だった。


「荷車はこの辺に置いておくぞ」

「えっ。あっ、はい。ありがとうございます」


 長旅で集中力が途切れているのか、ボーッとしすぎな気がする。もう少し気を引き締めないと……。


 そんなことを考えていると、ジャックスさんが近づいてきて、私の頭の上にポンッと手を乗せた。


「言い忘れていたが、この地は身分や地位を深く考えない文化がある。態度や言葉遣いは期待しないでくれ」

「あぁー……なるほど。これもそんな感じなんですね」


 親戚の子供をあやすように、ジャックスさんが頭をポンポンしてくる。本来なら、こんなことは絶対にあり得ないだろう。


 まったく実感は湧かないが、私は公爵夫人になるのだ。家臣であるジャックスさんが子供扱いしてくるなんて、無礼にもほどがある。


 でも、この地ではそれが普通であり、無礼にはならない。だから、早めに慣れろと言いたいんだと思う。


「嬢ちゃんも気楽に過ごすといい。何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ」

「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」


 今まで貴族令嬢らしい生活をしてこなかった私にとっては、打ち解けやすくて良いところかもしれない。


「無駄に広い土地だ。好きに使ってもらって構わないが、何か手伝うことはあるか?」

「気持ちは嬉しいんですが、一人で大丈夫です。下手に手伝ってもらうと、かえって薬草を枯らす原因になってしまうので」

「わかった。じゃあ、今のうちに嬢ちゃんが来たことをダンナに伝えてくる。あとは……そうだな。俺は屋敷の警護に回るから、本当に遠慮せずに声をかけろよ」


 どこまでも気遣ってくれるジャックスさんは、そう言って去っていった。


 今まで実家で歪んだ心と接し続けてきた反動か、気遣い上手な彼の優しさが身に染みる。


 この地では味方になってくれる人がいる、そう実感できるだけでも嬉しくて仕方がなかった。


 まだ領主さまがどんな人かわからないけど、ああいう人に薬草を使ってもらえるなら、しっかり育てていきたい。


「よし。今日中に植えなきゃいけないし、頑張ろうかな」


 気力に満ちた私は、疲れた体に鞭を打ち、荷車からスコップを取り出した。


 まず初めに、土が薬草を迎えられる状態を作らなければならない。そのためには、魔力を込めて畑を耕し、土に自分の魔力を浸透させる必要がある。


 薬草栽培する際、一番キツイ作業と言われているのだが……。スコップで少し掘るだけで、意外にすんなりと魔力が浸透していく。


 長旅で疲れている私の拙い魔力操作で、ここまで簡単にできるとは思わなかった。


「この畑、昔は誰が使っていたんだろう。なんか懐かしい感じがするけど……気のせいかな」


 ベールヌイ公爵領と私の魔力は相性が良いのかもしれない。そんなことを思いながら、畑に魔力を浸透させていくのだった。

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