第9話:最後の幸せ(アーネスト側1)
時は遡り、レーネが馬車でベールヌイ公爵の元へ向かっている頃。
正当な後継者を失ったアーネスト家の薬草菜園の前には、二人の親子の姿があった。
レーネの父であるアーネスト伯爵と、義妹のカサンドラである。
「今日からこの薬草菜園は、カサンドラのものだよ」
「ありがとう、パパ。
これまで幾度となくレーネのものを奪い続けてきたカサンドラだが、本当に欲しかったものをようやく手に入れることができ、笑みがこぼれていた。
「何でも言うことを聞くお義姉さまだったけど、ここだけは絶対に譲ってくれなかったのよね」
「祖母の死を受け入れられず、薬草にしがみつくことでしか生きられなかったのだろう。哀れな娘だった」
「でも、そのおかげで大金が手に入ったし、ようやく私たちの夢も叶うわ」
「そうだな。パパはこの日が来ることを、今か今かと待ち望んでいたよ。カサンドラが
喜ぶカサンドラの姿を見て、アーネスト伯爵はニヤリッと不敵な笑みを浮かべる。
「この国には、疫病が流行ったり、魔物が大繁殖したり、薬草が不作続きだったりすると、必ず聖女が現れて窮地を脱している。レーネが薬草を不作にしたことで、カサンドラが聖女になる舞台が整ったのだよ!」
華やかな未来をつかみとったと確信するアーネスト伯爵は、喜びが堪えきれていない。レーネを売り払った大金を手にしたこともあり、もはや目の前の薬草が道具にしか見えなかった。
一方、カサンドラは違う。悦に浸る父を前にして、大きなため息を吐く。
「もう……その話は聞き飽きたわ。私みたいに可愛くて、愛嬌もあって、色っぽい女の子が聖女に決まってるじゃない」
「もちろん、パパはカサンドラが聖女だとわかっているが、世間には気づかない輩が多いのだよ。でも、それもここまでだ。さあ、今こそカサンドラが聖女であると証明しようではないか!」
「任せて。お義姉さまのマネをするだけでいいんでしょう?」
いつもレーネが水をやっているように、カサンドラは手のひらに小さな水球を作り出す。そして、それを上空に放り投げると、カサンドラの魔力が込められた水の雨が降り注いだ。
その瞬間、薬草が魔力を
「おお……! これが本来の薬草のあるべき姿か! 薬草が神々しい魔力を放ち、カサンドラを迎え入れているではないか!」
「私が正真正銘の聖女なんだもん。歓迎されて当然だわ」
幻想的な光景を目の当たりにして、気分を良くした二人は、薬草の異変に気づかなかった。
カサンドラの魔力が葉に浸透して、葉が黒ずみ始めていることを。溜め込んでいた綺麗な魔力を放出する代わりに、禍々しい魔力を作り始めていることを……。
これが薬草による拒絶反応であることを、二人が知ることはない。
正統な後継者を追い出し、伯爵の地位を完全に掌握した優越感に浸り続ける彼らには、綺麗に輝く光の粒子しか見えていなかった。
「お義姉さまはいつも友達みたいに薬草に話しかけていたのに、最後まで認められなかったのね。だって、お義姉さまが水をやっても、こんな風に歓迎されなかったんだもの」
「仕方ないだろう。何年も不作で結果が残せず、多くの薬草を枯らしているんだ。薬草たちに嫌われるのは、当然のことだよ」
「あ~ぁ、お義姉さまが可哀想だわ。誰からも愛されることなく、化け物公爵に食いつぶされるのね」
「罰が当たっただけだ。それに本当に可哀想なのは、今まで育てられていた薬草の方だろう。カサンドラが魔法の勉強をしている間、ずっとレーネに虐げられていたんだからね」
「パパの言う通りね。お義姉さまに同情して損しちゃった。せっかくなら、この光景を見せつけてから追い出したかったわ」
ちょっぴり後悔するカサンドラだったが……、すぐに興味が別のことに移る。
どうでもいい義姉のことよりも、自分のことの方が大切だからだ。
「ねえ、パパ。もうそろそろドレス屋さんが仕立てに来る頃よ。薬草なんて放っておいて、新しいドレスのことを考えないと」
「もうそんな時間か。もう少しこの光景を眺めていたいが……仕方ない。せっかく大金が手に入ったことだし、今日はお祝いだ。カサンドラに相応しい魅力的なドレスをデザインしてもらおう」
「ありがとう、パパ! 大好きよ! 私ね、前から妖艶な聖女になりたいと思っていたの。ちょっとセクシーなものでも大丈夫かしら。今どきの聖女は、民衆を魅了するくらいじゃないと……」
楽しく話す二人を見送るように、薬草は魔力を吐き続ける。しかし、誰もそのことが異常だと気づくことができなかった。
アーネスト家が受け継いできた薬草の異常を感じられる者は、もうこの地にいないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます