ピーマンの肉詰め

 苦ったらしいのもまた美味しい。私は自分に言い聞かせるようにそれを頬張った。

 

 だいたい私はピーマンが嫌いなのだ。小さい頃からずっと、苦く青臭いピーマンをどう避けることができるかを思考しながら生きてきた。

 それは現在まで続き、社会人にもなっても健在である。子供舌だね、と散々馬鹿にされてきたが食べたくないものは食べたくないのである。けれど、一応大人なので、出されたら残さない程度には成長した。


 

 苦言を言う上司の顔が、丁度ピーマンと重なったから、そんなことを思い出した。思い出して吹きそうになるから、手早く誠心誠意謝る素振りを見せて、上司から逃げ切る。


 その勢いで荷物をまとめて帰る。ビルを出ると、先程までは明るい夕方であったのに、今はもう真っ暗だ。あの上司め。私の小さなミスをグチグチ言いやがって。本当にピーマンのようだ。憎らしい。

 

 駅までの帰り道を、イヤホンをつけて歩きだす。何となく耳が寂しくて、ポケットの中からイヤホンを取り出す。Bluetoothで接続するそれはなかなかに便利である。それからアプリを起動し、推しの声を聞く。心地良すぎる。推しの声が最高に可愛いので、上司の苦味が癒やされていく気がした。


 推しは、視聴者の質問に答えているようだった。休日にしていることだったり、友人との思い出。知らない推しの一面が顕になって少しドギマギしてしまう。今すぐメモしたいが、それは叶わないため心にメモに書き留めておく。


「好きな食べ物は何ですか」

「意外かもしれないですが、ピーマンの肉詰めですね」



 耳を疑った。


 推しがピーマンを好きであると。推しが私のこの世で1番嫌いなピーマンを好きであると。この世で1番大好きな推しが私のこの世で1番嫌いなピーマンが好きであると。


 何でも、親がピーマン嫌いの推しに作ってくれたことから、ピーマンの肉詰めが好きになったらしい。何とも可愛い理由だ。そういう所も好きなんだよな。わかってる。


 そうだ、今日の晩ご飯はピーマンの肉詰めにしよう。推しが苦手を克服した料理であるなら、私も食べなくてはいけない、という無意味な使命感に駆られ、私はレシピを検索した。人生で初めてピーマンのレシピを検索した瞬間であった。


 

 駅の近くのスーパーに入り食材を選ぶ。ピーマンは間違いなく家にないので、買わなくてはならない。そういえば、ひき肉は家にあったはずだ。片栗粉とかパン粉とかそっちの類もあるはず。


 脳内のキッチンを思い浮かべ、次々にカゴに放り込んでいく。気がつけば、前に推しが言っていたお菓子が入っていて、必要以上に重たかった。これが愛というものなのだろうか。


 余計なものを買いつつも、何とかレジを終えたので電車を待つ。十数分で着くけれど、程々に人が多い。それに重たい荷物を持つのはかなりしんどかった。私は、なぜ近所のスーパーで買い物をしなかったのか。非常に理解に苦しむ。



「ただいま」

 

 電車から降り、そのままの軽い足取りで家に帰る。買ってきたものを広げるとピーマンが入っていて、自分が買ったというのに少し気が滅入りそうになった。


 エプロンをつけて早速料理に取り掛かる。

 

 まずは、玉ねぎをみじん切りにする。毎度のことながら少し泣きそうになる。けれども丁寧に切っていく。

 パン粉と卵、牛乳を混ぜて一つにする。そこに玉ねぎを加えて、ひき肉を加える。ここでは手を使わないといけないらしい。素手でするのは衛生面が不安だけど、手袋なんてものは一人暮らしの寂しい女の家にはない。仕方がないのでビニール袋で代用した。なかなか便利である。さすがおばあちゃんからの知恵だ。


 それからピーマンの準備をする。半分くらいに切って、種を取り出す。この作業がなかなかに面倒くさい。やはりピーマンは嫌いだ。

 そのピーマンをビニール袋に入れ、片栗粉を入れる。悪を懲らしめるように振り回し、全体に粉がくっつくようにする。

 これで殆ど準備が完了したようだ。あとはピーマンに肉のタネを詰める。できる限り、隙間のあかないようにした方がいいらしい。けれどこれが難しい。家事初心者には難しいものを感じた。

 最後にしっかりと熱を加える。生焼けなんかでお腹を壊したら、きっとピーマンの所以である。本当に、にくらしい。


 ジュウジュウと音をたてて、焼かれていく彼らを見ると少しずつ胃が踊りだすのを感じた。胃だけだと思ったら、肝臓も同じだったようで、腕は冷蔵庫に伸びていた。安い缶ビールを一本取り出して、一口だけ飲んだ。



 完成した。少し不格好ながらも、初めて作ったにしてはまずまずであろう。お皿に移したら、ケチャップをかけて、旗を立てる。少し幼いと馬鹿にされている気もするが、これはこれで悪くない。


「いただきます」


 手を合わせて食べ始める。


 苦い。けれど、いつも食べているものより格段に美味しかったような気がする。推しパワーなのかそれ以外なのか。どちらにせよ、ピーマンの肉詰めであれば、私も食べれそうな気がする。推しが苦手を克服したように、私も苦手を克服できるのだろうか。

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美味しいご飯が食べたいです。 沢渡 @sawa_taritari

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