コーンスープ

 蛍光灯の白く光る駅のベンチに俺は腰掛けた。冷たい木枯らしがジャンパーの隙間を縫って入るので、体の芯から冷えてしまいそうだった。


「お疲れさん」


 そう言って俺に缶のコーンスープを渡してきたのは、シンプルなコートがよく似合う悔しいほどイケメンな友人である。


 例えば髪。黒の髪に無造作にワックスをつけて散らして。人類に爽やかな好青年の印象を与える。俺なんかにはできない芸当をやってのけている気がする。

 例えば筋肉。パッと見は細いくせに、押してもびくともしない強靱な体幹を持つ。それにシャツやズボンの隙間から覗く腕や足からは、しっかりと筋が見える。本人は筋トレを頑張ってるとか一言も言わないが、陰で努力してるんだろうな。寧ろそうであって欲しい。



 というか、俺はなぜこいつのことを詳しく観察しているのだろう。失恋で気でも狂ったか?



「今日はいい振られっぷりだったな」


 ケラケラという効果音がよく似合う、能天気そうな笑い声をあいつは響かせた。


 ふと、やつの手を見ると、ホットのミルクティーが握られている。やはりこいつは、女子ウケのいいやつを選ぶっていうか。こういうところがやつのモテる所以なんだろうな。と1人の男として関心する。


「お前みたいなモテ男には分からんだろうがな、振られるのは勇気を出した証だぜ」

 

 絞り出した声は、思っていたよりも覇気がなかった。これは想像以上にダメージが大きいみたいだ。やっぱ、あの子以上に可愛い子なんていないよな。


「カッコつけんなよ、格好わりい」

「うるせえミルクティー野郎」


 あいつは「ミルクティー野郎」にツボって、またケラケラと笑い出した。

 そんなクソうるさいやつを横目に、俺は貰ったコーンスープのプルタブをカシュっと開けた。蒸気が、白く闇に浮かんで消えて。

 

 それと同時に思い出す、失恋の悔しさも何もかも。

 初めはうまく行くと思っていた。メッセージのやり取りもテンポ良く続くし、所謂恋バナだって大盛り上がりだった。何ならあの子は、俺に彼女がいるか聞いてきた。2人きりで遊びにも行ったりした。好きな映画が被った時には、運命を疑った。

 こんなの脈アリだとしか思えない。


 でもある日を境にそれが途切れた気がした。いや、本当は気のせいじゃなかったのかもしれない。けど、俺はその事実を認めたくない。


 つまりある日とは、彼女がミルクティー野郎と出会ってしまった日だ。

 いや、俺と野郎はよく一緒にいる。彼女だって俺のクラスに何度も来ているから、俺と野郎の組み合わせを知っていないはずがない。だから野郎を一目見て惚れた可能性は限りなくゼロに近いはずであって。寧ろそうじゃないと俺のメンタルが爆死しそうなわけであって。

 とりあえず、俺は、そんな何処かに飛んでいきそうな彼女を、俺のところに繋ぎ止めたくて告白した。誰にも相談せずに、1人で。もしかしたらそれが失敗の鍵だったのかもしれないな。いや、けどどうしようもないじゃないか。


 言葉にならない言い訳のようなものが次から次へと溢れてやまない。だから、それを飲み込むようにコーンスープを呷った。


「あっつ」

 

 火傷しそうなほどに熱いスープはまろやかで、冷え切った心にじんわりと安らぎを広げていく。


 待てよ。そういえばあの子は「私も、今日告白する予定を入れてたんだ。運命だね」と笑っていた。野郎は俺に「今日予定があるから、先帰ってて」と申し訳なさそうな顔を浮かべていた。


 横を見る。ミルクティー野郎はまだ笑いの海に溺れている。


 ないわ。


 こんな絶望的に壺の浅い、薄くて甘いだけのミルクティー男を恨むなんて俺には一生できやしないわ。失恋してる俺を気にかけて、恋愛より友情をとる男を、優れた見目だけで女が仮に選んだとて、その女は一生後悔するしかないわ。


「俺やっぱお前のこと好きだわ」

「また振られたいの?」

 

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