アヒージョ

 「別れよう」


 俺が彼女とのホームパーティの準備をしていた時だった。

 机の上に適当に置いていたスマホが震える。また興味のない通知が来たのかと呆れながら、LINEを開く。

 

 想像は裏切られる。

 送られていたのは彼女からのその「別れよう」という4文字だった。いきなり過ぎて受け入れられず、俺は通話ボタンを押す。けれど、全く出る気配がない。LINEに何を送っても既読がつかない。

 彼女も気がたっているのだろう。今すぐに彼女と話し合うことを俺は諦めて、たこ焼き器に火をつけた。


 パチパチと音を立て出した、たっぷりのオリーブオイル達と、そこに浮かぶ具材を見ながらビールを飲む。

 アルコール特有の匂いを感じながら、音を立てて飲む。ただ、口の中に残る苦味だけが俺の味方な気がした。

 いつもの癖で「美味いな」と言おうとして、目の前にあいつがいないことを感じる。

 あぁ、本当にフラれたんだ。

 いきなり現実が突きつけられて、どっと寂しさが溢れ出す。それと同時に、「何故」という疑問も溢れる。それが理科室の水道のようにどんどんと勢いを増し、苛立ちが募り出す。そこで、またビールを煽った。

 どうやらいろいろ考えている間にアヒージョは完成していたようだ。

 たこ焼き器の中でフツフツと踊るタコをつまむ。今日は親友の生地がいないというのに呑気なやつだ。

 俺は無性にイライラしてそのまま口に放り込んだ。口の中が火傷するほど熱く燃え上がり、反射的に涙目になる。

 くそ。俺はさらに苛立って、タコを懲らしめるように噛みまくる。コリコリとした食感に、丁度水が欲しくなるくらいの塩辛さ、それから殴るくらいガツンとくるにんにく。

 あぁうまい。うまい。うまい。仕方がないから、その美味しさに免じて殴るのをやめて飲み込んでやる。胃の中に入り込んだタコにそう告げた。

 目の前に広がる戦場を見渡す。

 やはりじゃがいもから行くべきか。いや、カマンベールも美味そうだ。マッシュルーム、エビ、パプリカ、鶏肉、ミニトマト。

 どれもオリーブオイルの中でグツグツと踊り、楽しそうだ。しかし俺は、ここで一つ気がついてしまった。

 どれも美味そうだが見栄えが悪く、食欲がそそられない。全部がぐちゃぐちゃに混ざったパレットのようだ。

 いや、あいつが作ったらもっと綺麗なんだろうな。とか考えていないわけで。俺はその気持ちを誤魔化すように、端から食材達を摘むことにした。

 最後に、ブロッコリーに手を伸ばす。ヤツはオリーブオイルを良く吸い込み、のぼせたかのようにクタっとしている。いい具合じゃないか。熱を冷ますように息を吹きつけてやる。俺の口が火傷しそうだからとかではない。俺の思いやりだ。

 湧き立っていた湯気も程よくなおったのでいざ、実食。

 口に入れた途端やはり1番にくるのはにんにくの香り。ゆっくりと噛むとブロッコリー本来の優しさも相待って上品な味に仕上がる。

 

あぁ、俺よりもこれが似合いそうなやつの顔がふと思い浮かんでしまう。なんだか悔しくなり追いにんにくをしてやる。

 明日が休日で良かった。

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