悩みも痛みも芸の糧にして

 本作は、仕事はそれなりにありつつ、世間的には無名の男性声優にスポットを当てたヒューマンドラマです。

 声優とは物語や作品に関わる「クリエイティブ」なお仕事──と認識しがちだと思うのですが、主人公・各務の心境へのアプローチが「素人」目には新鮮で興味を惹かれました。各務氏は「他人の言葉をしゃべるだけの仕事」と卑下し、自身の「芸」とは何か、に迷い悩んでいるのです。

 アニメ、吹替、演劇──仕事として割り当てられた台詞は滑らかに紡ぐいっぽうで、各務氏は「自分自身の言葉」を探します。微妙な関係の彼女への本心、尊敬する先輩への、相半ばする嫉妬と憧れ、偶然交流を始めた「お隣さん」への心の揺らぎ。それらは時に彼を苦しめ、悩みを深めもするのですが──と、縺れる想いの結末は本編を読んでお確かめいただくところですが、この場で推したいのは「声を使って」「言葉で」「何をどう」「伝えるか」にひたむきな各務氏の姿です。悩みを抱えていても仕事では声に出さないように努め、関わる人たちからかけられた言葉を噛み締めて進んで行く、プロフェッショナルの在り方を細やかに描いていると感じました。

 また、吹き替えの洋画やドラマ、テレビCMやアニメなど、成果物は日常的に接するものの、実態はあまり知られていないであろう業界を描いている点も興味深く楽しく読みました。アニメのキャストを決めるオーディションの様子など、作者さんが関係者なのか取材されたのか、フィクションなのかは不明ですが、リアリティを感じました。関係者で客席を埋める小劇団での人間模様、声優同士で共有する危機感や競争心なども。
 主人公の心の動きだけでなく、お仕事小説としても楽しい作品だと思います。

その他のおすすめレビュー

悠井すみれさんの他のおすすめレビュー161