主に後宮を舞台に、王族や妃同士、国同士の争いの中で生き抜く「主人公」を描いた和風ファンタジーです。後宮ものというと、主人公は女の子だろうという先入観があるでしょうが、本作に登場する「傾国の妃」はなんと美少年なのです!
本作のヒーロー(主人公という意味でも英雄という意味でも)音由は、「男妃」として選ばれて後宮に献上されました。ほんらいは民が笑いものにするため、妃たちの鬱憤のはけ口になるため、いたぶられて虐められた末に早晩嬲り殺されるだけの存在──のはずが、この美少年はまったく大人しくしていません。傾国の姫君さながらの儚げな容姿とは裏腹に、音由は陰謀渦巻く後宮で自我を通し、強かに牙城を築いていきます。尻(貞操)のため! 自分のため! とはいいつつ、彼の言動は弱い者に寄り添っている……と、読者には見えます。彼を慕う者が次第に増える中、国そのものに存亡の危機が迫るのですが、そこでも音由は「あくまでも自分のために」一肌脱ぐのですが──
ともすれば陰惨でドロッとしがちな後宮ものを痛快に・爽快に描いた作品です。国や王などの権威、その思惑を「知るか!」とばかりに思わぬ策を次々と繰り出す音由の手腕の見事さに、読者も魅了されることと思います。
音由のほかにも、音由の手足となって働く盗賊上がりの少年・小鉄、寡黙ながら忠誠心篤い武人の春海、長年商人として後宮に出入りする油断できない老婆の九条など、魅力的な登場人物が物語に奥行きを与えています。
音由は、物語の冒頭から自身の「魅せ方」を考え抜いて「演出」できるキャラクターでもありました。稀代の傾国、稀代の役者が作り上げた結末、そのカタルシスをどうぞご覧ください。
キャッチコピーの「男の戦い(尻を守る)」から、ぱっと見で艶笑系BLの印象を受けてしまうかもしれない本作。
ですが、それで敬遠されるのは非常にもったいない。
男が尻を守る戦いには間違いないんですが、意味するところはむしろ「百鬼夜行の跋扈する大奥で、己が尊厳を守るために知恵の限りを尽くして生き抜く少年の戦い」です。
本作、非常に精緻で硬質な和テイストのファンタジーです。
長編ということで魅力的な登場人物は多数登場しますが、個人的には主人公音由くんの強烈な印象が際立っていました。
絶世の美少年、かつ非常な切れ者でありながら、「百姓のこせがれ」としての泥臭さやしたたかさ、(良い意味での)意地汚さをも兼ね備えたキャラ造形は、他ではなかなかお目にかかれない強烈な個性と思います。
物語は、音由くんが大奥でいかに立ち回るかを中心に進んでいきますが、彼の鮮やかでしたたかな知性が次はどんな策を繰り出してくるのか、終始目が離せません。
背景となる架空和風世界の設定も、街や国の様子から貨幣単位に至るまで細かく組み上げられていますが、それらのひとつひとつを饒舌に長々説明することがないのも良い塩梅です。
細やかな設定の多くは、あくまで登場人物たちの動きを彩る脇役として「ちらちら垣間見える舞台装置」に留まっており、このバランス感覚も心地良いです。
文章も硬質で細やかですが、1話あたりの文字数が少なめに設定されているため、文そのものは重めのはずなのにさくさく読めます。
まずは第1話に目を通していただければ、地に足の着いた重厚な和風ファンタジーの空気感は伝わるかと思います。
そこで気になるようでしたら、ぜひともその先も。
期待は裏切られないはずです。
これを書いてる時点で最新話まで読みました。すごいボリューム。
割と読むのは早い方ですが、寝る前に読むこと三日とちょっと。
設定は堅固で揺らがず、キャラ立ち、文章力も申し分ないです。
残酷さをサラッと描いてあとに引きずらない。読者として「あの、もっと説明を…」と感じるときに物語の激流にのまれ「ああ、そうだ、こっちの問題もあったわ」と、障害物だらけのジェットコースターに乗っている気分になります。
勿論、作家さんがあえてそうしているのもこちらもわかっていて、あとで説明が来るだろうという信頼感があり、そこの構成で破綻がない、だけど読者が予想もしない衝撃を与えてくることがあって、現時点ですでに、ああ、そうだったのか、と回収されたある伏線でじわりと納得中です。
私が読む限り、わかりやすいキレイなキャラが出ないのも、この作家さんがえがく作品がファンタジーの体裁を取りながらも、地に足をつけている感覚があります。人間ってこうだよね、と。
裏設定やカラクリを作るのがお上手なので、個人的にはミステリーが読みたいです。すでにこの作品は、自称すればそうなるのでは、と。
ジャンルレスの作品を描くことは、作家にとって勇気がいることです。でもそれは逆に、自由があることでもあります。
一番好きな世界を、後悔なくえがいて欲しいです。
残りのお話しを期待しています。