第12話 循環

「初めまして……ルイの双子の妹、メアーです」

 虚空から現われた、ルイにそっくりな女がカイルに向かって頭を下げた。

「初めまして、私はルイの保護者……というか、後見人と言うべきかな? カイルと呼んでください」

 穏やかな笑みを浮かべ、カイルはメアーに自己紹介した。

「あなたは……どの種族にあたる方なのでしょう?」

 メアーはじっとカイルの碧眼を見つめ、尋ねた。

「それがおわかりになるとは、さすがですね」

 カイルは嬉しそうに微笑を浮かべた。

 外見はルイにとてもよく似ているが、内側はそうではないな……

 カイルは笑顔の下でそれを推し測っていた。

「私は神と呼ばれる者です。自分の意志で、天上から降りてきた変わり者ですが」

 ほんの一瞬、カイルの瞳の色が本来の虹色に変わる。

 色鮮やかに輝くそれを見て、メアーは納得したように頷いた。

「カイルさん……今までルイを助けて下さって、本当に感謝致します」

 メアーは上品さが漂う穏やかな笑みをカイルに向けた。

「なるほど……あなたは既に、王の器を持っているんだね」

 ふむ、とカイルは頷いた。

 その言葉にぎょっとしたのはルイだ。当の本人であるメアーは何も言わず、穏やかな笑みを浮かべるだけだった。

「まあそれはともかく、私はこれからもルイを助けていくつもりでいるよ。なんといっても、ルイも私と同じ老いない体になったわけだしね!」

 にこにこと笑って、カイルはルイに向かって言う。

「……なんか、すっごく楽しそうだよね……」

 微妙な表情のルイが、ぼそっと呟いた。

「そりゃもちろんさ! この先ずーっと続く生を、一人で過ごさなくて済むんだよ! こんなに素晴らしいことがあるかい?」

「……メアーは、今までどうしていたの?」

 軽い頭痛を覚えたルイは、カイルからメアーに視線を移す。

「髪と瞳の色、それに体質を変えてもらって、とある町で暮らしていたわ」

 メアーの脳裏に、夫と一歳になる息子の顔が浮かんだ。

 ずっと穏やかだったメアーの表情が、微かに曇る。

 後ろ髪引かれる思いを断ち切ったつもりでいても、思い出すとやはり胸に迫るものがあった。

「それじゃあ、今まで一緒にいた家族と別れるのは辛いよね?」

 それを見透かしたようにルイは言い、メアーの手を取った。

 ルイの強い眼差しがメアーの瞳に飛び込んでくる。

 メアーは一瞬、静かに息を呑んだ。

「メアーが母さんの代わりに魔族の王になるなんて、僕は納得できないよ!」

「ルイ……王位継承の事……やっぱり知っているのね」

 メアーを想うルイの真剣な叫びに、メアーは微かに目を細めた。

「ルイも知ってると思うけど、私の体には王位を継ぐという約定がもう既に刻まれているのよ」

 にっこりと笑って言うメアーの言葉に、ルイは悔しげに顔を歪める。

「約定なんて、返せばいい! メアーがすべてを負うことなんてないんだ!」

 ルイは怒り叫んだ。

「確かにそうね……でも、今となっては聞くこともできないけれど……」

 メアーは、自分の為に怒るルイに苦笑する。

「母さまには、母さまの考えがあったのではないかと思うの。単に、私に重荷を押しつけたのではなくて……私になら、役目を果たせると思っていたんじゃないかって……」

 メアーは脳裏に見知らぬ母の面影を描く。

 その姿も声も何一つ記憶には残っていない。

 ただの情報として、先ほどその姿が脳内に流れてきただけだった。

「役目……」

 ルイは怒りを鎮め、メアーが口にした言葉を呟いた。

「私ね、実際の魔族の王がどういったものなのかを知りたいの。知った上で、人間との関係を考えたい」

「え?」

 ルイは目を丸くする。

「魔王は魔族という一族の長よ。とはいえ、全ての民の行動を監視することはできないはず。ならば、ルールを作るしかない……魔族と人間が共存する為のルールを」

 ルイは口を真一文字に結んだ。

「例えばだけど、いたずらに人間社会に関わることを禁ずる、みたいなルールを守らせることができたら、私の大切な人達も守られることになると思うの。ただ、それはそんなに簡単な話ではない。下位の魔族は、人間や動物などの生気がなければ生きていけないのだから」

「すごいね、メアー……君はまだ覚醒めたばかりだっていうのに、もうそんな事を考えているんだね……」

 ルイは大きなため息を吐き、天を仰いだ。

「僕は、自分を責めてばかりだというのに」

「ルイは優しいから……私の為に怒ってくれたのよ。それにね……ルイも気づいてると思うけど……ルイには母さまの力、魔力と呼ばれる力がほとんどないの」

 メアーの口調は優しく諭すようなものだ。

「うん……目覚めてからなんとなくそんな気がしてたけど、メアーを目の前にしたら、はっきりとそれがわかったよ」

 ルイはしっかりとした視線をメアーに向けた。

「ルイは、父さまの血を濃く継いだ……だから、魔族の世界のことは私に任せて。私は、人の世界の事を……父さまの世界のことをルイに任せるから」

 メアーは微笑み、ルイの額に自分の額をつけた。

「うん……わかった」

 ルイとメアーは同時に瞼を閉じ、同時に瞼を開く。

 触れ合った部分のぬくもりが不思議なほどの安心感を生み、二人の間に循環していく。

 カイルの瞳には、二人のエネルギーの循環が明るい水色と黒い炎との交わりに見えていた。

 けして混じり合わない二種類の光が、絡み合いながら静かに光り輝く。

 カイルはその不思議な光景をじっと見つめていた。

「それにしても不思議ね……私達は双子なのに、母さま側と父さま側とにはっきりと分かれた……きっとそれにはなにか意味があるのでしょうね……今は、わからなくても」

「うん、私もそう思うよ」

 明るいカイルの声音が、ルイとメアーの間に割り込んだ。

 二人は同時にカイルに視線を向ける。

「君達のお父さんはね、精霊管理局というところに勤めていた人なんだよ」

「精霊管理局?」

 ルイは首を傾げる。

 カイルが口にした場所は、ルイが聞いたことのないものだった。

「メアーは知ってる?」

 ルイの問いかけに、メアーは首を左右に振った。

「よし! じゃあ、君達に軽くレクチャーしよう!」

 楽しそうにカイルは言い、ルイとメアーの額に人差し指を突きつけた。

 その瞬間、二人の視界はカイルの支配下に置かれたのだった。

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