第38話 次代の王
広間には、王の弟一家、妹一家のそれぞれ代表が集められていた。
王弟一家の代表として、その息子二人もその場にいたが、王妹一家の次男の姿はない。
人の世に紛れて生きることを選び、とある町の片隅で雑貨店を営んでいるからだ。
なぜ、彼らが広間に集められているのか。
その理由は、王位を継ぐ者をあらためて紹介するためと聞かされていた。
「リアンとスモレイの挙式は、もう少し先の話なんでしょう? わざわざ私達を呼びつけるなんて、いったいなんの話なのかしら」
美しい中にプライドの高さが窺い知れる王妹が、微かに眉根を寄せ首を傾げる。
「さあな、私にもよくわからん」
問われた王弟は、妹と視線も合わせず、ぶっきらぼうに答えた。
嘘だ……本当にこの人は、昔からわかりやすい……
王妹は胸の内でくすりと笑う。
「そういえば兄上、そちらの二人の子息……顔色があまり良くないように見えるけれど、どうしたのかしら?」
王弟の横に立つ、彼の二人の息子をちらりと見ながら王妹は言った。
「特に変わりはない、お前の気のせいではないか」
「ふぅん……致命傷にならなければ良いわね」
王妹はそう言ったが、実は横に立つ自身の息子、ダルクの顔色も冴えない。
この三人が、私の知らないところでなにかを企み、実行したのかもしれない。
長兄でもある王は、王位継承者を紹介すると言っておいて、本当はこの三人を断罪するつもりなのではないか。
まあ、そうなったらなったで、こちらには優秀な息子がもう一人いるから、良いけれど……
王妹は人知れぬところで、うっすらと微笑んでいた。
「王陛下のおなりです」
広間の扉が開き、王の第一秘書の声が響いた。
中央の赤いカーペットを避けるように、弟一家妹一家はそれぞれ畏まった。
その眼前を、ゆったりとした足取りで王が歩く。その三歩後ろを、年若い娘が歩いていた。
片膝をつき広間の床を見つめながら、王弟の長男スイールは舌打ちする。
いったい、どこに隠していやがった……
幾度も仕向けた刺客は、ことごとく偽物を始末していた。
本当の狙いである王の孫娘メアーの所在は、未だに掴めていない。
そして、とうとうこの日が来てしまった。
壇上の王の為にしつらえられた豪奢な椅子に、王は腰掛ける。
「皆、集まってくれてありがとう。楽にしてくれて、かまわない」
王は、若々しく凛とした声で言った。
言われ、王弟と王妹は面を上げる。
王の後ろについていた娘は、王の横に立っていた。
リアン……
誰もが娘を見てそう思った。それほどに、娘はその母リアンに生き写しだ。
だがあれは、リアンによく似ているが本人ではない。
「不慮の事故により、我が娘リアンは魔族をやめることになった」
王の言葉に、王弟と王妹は戸惑いの表情を浮かべた。
「魔族を……やめるだと? どういうことだ、いったい?」
王弟は呟くように言った。
これまでに、魔族をやめるなどという話は聞いたことがない。そんなことができるのか。
「まあ、その説明は後でゆっくりとその三人から聞くとして」
にっこりと笑って、王は言った。
その三人、に該当する、スイール、スモレイ、ダルクの三人は静かに心乱されていた。
「リアンに代わる私の跡継ぎは、この孫娘メアーにすることを決めた。もう約定の儀式は済んでるから、異論は認めないよ」
「なっ、そんな強引な!」
王弟は、悲鳴に近い声をあげた。
王はそれを無視して、メアーに自己紹介するように促す。
メアーは、一同の視線の前で深々と頭を下げた。
肩まである漆黒の美しい黒髪が、さらりと音をたてる。
「私の名はメアー。母リアンより、王位継承権を譲り受けました。次代の王にふさわしい人格や教養を身につけるべく、日々精進して参ります。どうぞお見知りおきくださいませ」
凛とした透明感溢れる愛らしい声が、しんとした広間に響き渡る。
「あら、声までリアンそっくりなのね」
顔色を変え、怒りに震えている王弟を尻目に、王妹は冷静な瞳でメアーを見つめていた。
「うん、立派な挨拶だ! さすが我が孫娘!」
王は満足そうに、満面に笑みを浮かべる。
「民へのお披露目も、近々行うつもりだよ」
「お、王よ!」
顔を青くした王弟が叫んだ。
「ん、なにかな?」
王は、機嫌の良さそうな口調で問う。
「そ、その娘は、リアンとあの人間との間に生まれた子だろう……あの時、たんなる遊びだと言っていたではないか!」
あの時、とは……
なるほど、自分の知らない一幕があったのだな、と王妹は思考を巡らせた。
自分以上に権力欲の深い兄だ。その兄が王と交わすだろう会話の内容は容易に想像できる。
「うん、あの時はね……まだリアンが元気にしていたからさ」
「いったい、リアンになにがあったというのですか?」
王妹が、二人の間に口を挟む。
「まあ、あれだ、スモレイがね……ご丁寧に挨拶にきてくれたようなんだよね、私の二人の孫が生まれた後に……どうだい、私の孫達は可愛かっただろう? ねぇ、スモレイ?」
にっこりと微笑んで、王は視線をスモレイに向けた。
スモレイは王弟の次男で、リアンの元婚約者だ。
「い、行ってません……挨拶になど……」
俯きながら、スモレイは王の問いに答える。
その声は、微かに上擦っているように聞こえた。
「ふぅん……そうか、じゃあスイールかダルクが行ってくれたのかな?」
首を傾げる王の言葉に、ビクリと二人の体が震える。
「……行っていません」
「わ、私もです」
スイールとダルクは、揃って王の言葉を否定した。
その様に、王は首を傾げる。
「そうかあ……うちの優秀な第一秘書が、見かけたと言っていたんだけれど……じゃあ、人違いかな?」
あの男……今まで何食わぬ顔をしていたくせに、今頃になって……
今は背後で扉の前に立つその姿を脳裏に浮かべ、スイールは苛立ち唇を噛みしめた。
冷たい光を常に底に潜ませた、ブルーグレーのあの瞳……本当に忌々しい。
「リアンは、何者かに襲われたとおっしゃるのですか?」
王妹が眉間に皺を寄せ、核心を突く問を王に向ける。
「まあ、そんなところだよ」
王は笑顔から渋面になってため息を吐き、肩を落とした。
「あのリアンがそうやすやすと斃されるとは、想像できませんけれど……」
王妹は口元に手を当て、呟くように言った。
リアンの母は、魔族ではなかった。さほど力を持たない獣のアヤカシだ。
それでも、混血児であるリアンが王位継承権を得ることができたのは、あまりに強大な魔力を彼女が持っていたのがその理由の一つだ。
その力は魔族から見れば異質なもので、何故か同族には通常の魔力によるダメージ以上のものを相手に与えるものだった。
「それが、用意周到な輩だったようでねぇ……うちの第一秘書が駆けつけた時には、リアンの魔力はほとんど残っていなかったそうなんだ……抑えられたのではなく、奪われたようだったと」
王は悲しそうな目をして言った。
「あの娘にとって、メアーとその兄は自分の命より大事だったようでね……例え、その血が半分、人間のものだったとしても」
「では、その後こちらに引き取って、秘密裏にお二人を育てていたのですか?」
王妹が訊ねる。
「いいや……まだ赤ん坊だった二人をこちらに引き取るなど、危なくてとてもできやしなかったよ!」
王妹の問に、王は高らかに笑って答えた。
その様に、三人の若者の体にじわりと冷たい汗が浮かぶ。
「メアーをこちらに引き取ったのは、つい最近のことさ……彼女達は、二十歳を迎えたからね」
「もう一人の子は、どちらに?」
「メアーの兄は、人間寄りの子でね……精霊の躁術力が強くて、こちらには引き取れなかったんだ」
至極残念そうに、王は言った。
「それでは仕方ありませんわね……精霊の力は、私達魔族にとって、命取りになりますもの」
王妹は深く頷く。
「それでも……私にとっては、かわいい孫なんだよ」
王はため息混じりに言い、微笑を浮かべる。
その様に、王弟は俯き顔を歪めた。
「実は、そのかわいいもう一人の孫も、最近我が一族の者に襲われてねぇ……可哀想に……」
「まあ、なんてこと……ご無事なのかしら?」
王妹は、信じられない、と美しい形の眉をひそめた。
「幸い、私の古い友人が一緒でね。彼に助けられたようなんだ」
王弟は目を見開く。
「古い友人だと! あの時、会うのは初めてだと言っていたではないか!」
叫んだあとで、王弟はさっと顔色を失った。
「それは、いつの話かな?」
にっこりと弟に微笑みかけ、王は椅子から立ちあがるとゆったりと近づいていく。
「ルイとメアーが二十歳を迎え、私が二人に会いに行った時……だよね?」
王は身を屈め、王弟の耳元で囁くように言った。
そのぞっとするような低い声音に、王弟の体が小刻みに震える。
その様に目を細め、王は姿勢を元に戻した。
「いやあ、どこで誰に話を聞かれているかなんて、わからないものだよ……怖いねぇ!」
誰に言うでもない王の声が、広間中に広がる。
そしてその視線を、すぐ近くで跪いている王弟の二人の息子に向けた。
怒っている……あの温和な兄上が……
その全身から漂う気配を察し、王妹はほんの少しだけ王から冷たい視線を向けられている二人に同情する。
「スイール、スモレイ、その後体調はどうだい? なんだか、顔色が優れないようだけれど」
「私も弟も、変わりありません」
この王は知っているのだ。自分達が、この王の大事な孫であるルイを襲撃したことを……
王の足元を見つめながら、淡々とした口調で答えながら、スイールは真っ青になっていた。
王の突き刺さるような視線と怒りの気配に、全身が締めつけられ、吐き気を覚えるほどだった。
「そうかい、それは良かった……私の古い友人の棘は、彼の目でもあるからねぇ……刺さったら最後、永遠に彼に見張られることになるから、そうならなくて良かったよ」
怒りとは裏腹の穏やかな口調に、スイールとスモレイは同時に目を見開いた。
あの時からずっと抱いている、違和感の正体がわかったからだ。
どうにかしたいが、今それを言えば己れの悪事をこの場で自白することになってしまう。
「リアンがそうなってしまったのなら、スモレイとの式は行えませんわね?」
明らかに気まずい雰囲気の王弟一家を一瞥し、王妹が言った。
「そうだね、王位継承権はメアーに移ったしね……」
不意に緩んだ王の怒りの気配に、三人はほっと胸を撫で下ろした。
「け、契約では、我が息子が王位継承権を持つ者の伴侶となるはずだ」
やっと絞り出すような声で、王弟は言った。
「そうだったね……そういう約束だ……我が兄妹の子を、私の跡継ぎの伴侶に定めると」
王はゆっくりと赤い絨毯の上を歩いて椅子に腰掛け、王弟の言葉に頷いた。
「私も、こんなゴタゴタはもうゴメンだ……なので、ちょっと早いがメアーの相手を決めさせてもらったよ……お入り」
「はあ?」
王弟が、間の抜けた声をあげた。
そして、一斉に広間の扉に視線が集まる。
そこに現れたのは、執事服に身を包んだ無表情の男だった。
「ハルク……」
その兄ダルクが、名を呟いた。
ハルクは無言で冷たい視線を兄に向ける。
心当たりのあるダルクは、口を真一文字に結んで視線を床に落とした。
「いや、悪かったね、無理を言って」
王は扉の前に立つハルクに笑顔を向けた。
「いいえ」
ハルクは短く返事をし、頭をさげる。
「というわけだ。ハルクはリアンの従兄弟だし、ちょうどいい」
その場で一番表情を輝かせたのは、王妹だ。
自慢の息子が、次代の王の伴侶となるのだ。
「こ、こんな、バカな……」
王弟は、わなわなと体を震わせた。
「不服だろうけど、仕方がないよね? それとも、自分達の方が、よりメアーにふさわしいとでも思っているのかな?」
それより、と王は呟く。
「これ以降、なにか動きが見られるようならば、私からの枷をもその身に負うことになる。よく、覚えておくといい」
しん、と静まり返る場に、コツコツと足音が響く。
足音の主は、次代の王メアーだ。
その細い体からは既に王が放つ覇気が滲み出ている。
くそぅ、これも血によるものか……
それを肌で感じ取り、王弟は悔しげに顔を歪める。
壇上から降りたメアーは、王弟一家の前で足を止め身を屈めた。
「私は、まだまだ若輩者です……沢山の手助けが必要です……どうか、私を助けてくださいね」
優しげな声をかけられ、王弟はほっとした表情で
……!
メアーと視線が合ったその瞬間、王弟は息を呑む。
リアンに生き写しの双眸の奥に、静かな怒りの光がギラギラと輝いていたからだ。
「はい……」
王弟は呟くように言い、うなだれた。
すっかり顔色を失った王弟と対象的に、輝くような笑顔を浮かべ、メアーはハルクを見た。
そこには、見慣れた無表情がある。
人間として過ごしていた娘時代、ハルクの営んでいる雑貨店に客として出入りしていたことを思い出す。
メアーの胸は微かに疼くが、それが異性に抱く思慕かと問われると微妙な気がしていた。
対するハルクは、メアーに特別な感情を抱いていない。
ハルクの情熱は、いつでも研究開発と製造に全て傾いているのだ。
それを知った上で、王はメアーの相手にハルクを選んだ。他の選択権がなかった、ともいえる。
事態が落ち着くまでメアーの婚約者という立場でいて欲しいという王の願いにハルクが応えたのは、例の水晶球を作ってしまった負い目からだった。
「兄上、あれはどこにありますか?」
兄ダルクに近づいて身を屈め、ハルクは低い声音で兄に問う。
あれ、とはリアンの力を奪った水晶球のことだ。
ダルクがハルクを騙し、作らせたものである。
ダルク真っ青な顔で、スイールから受け取っていた白い包みを震える手で懐から取り出した。
ハルクは無表情のままそれを受け取り、ほんの一瞬目を細めて水晶球を見ると、ぐしゃりと握り潰す。
それを見たダルクは、さらに青くなった。
握り潰し、粉々になった水晶球が、手の中からさらさらとこぼれ落ちる。
これは、私が手を加えた
では、本物はいったいどこにあるのか。
ハルクにはなんとなく予想がついていたが、それを口にすることはない。
言ってしまえば、彼らは本物を探し出そうとするからだ。
もうこれ以上、ゴタゴタは避けたい。
王の心からの言葉は、世捨て人であるハルクの思いと同じものだった。
「よし、では解散にしよう!」
その場をしめる王の凛とした声が、広間全体に響く。
扉の横に立つ王の第一秘書は、恭しく頭を下げながら、うっすらと微笑んでいたのだった。
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