第28話 従兄弟

「どういうことだ! 子まで成すなど、いったい何を考えてるんだ!」

 こめかみに青筋を浮かべ、男は叫んだ。

 魔王が棲む城内の、謁見の間である。

 そこでは、リアンの婚約者であるスモレイとその父が王と対峙していた。

 スモレイの父は、王の実の弟だ。

「おや……それは知らなかったな……さては、なにか新しい遊びでも思いついたのかな?」

 いつものように穏やかな笑みを浮かべ、王は玉座に肘をついたまま言った。

「遊びだと!」

 王弟が苛々と叫ぶ。

「だってほら、人間とて子供は大事だろう……そこは我ら魔族と変わらない。その大事な我が子の母が、ある日忽然と姿を消したら、夫たる人間は相当気落ちするのではないかな?」

 王はにこにこと笑って王弟に問う。

「くっ……まあ……そうかもしれない……では、あれは単なる戯れに過ぎんというのだな」

 王弟はにこやかに言う兄を悔しげに睨みつける。

「あのリアンが、人間なんぞに本気になると思うのかい? あの子が今まで誑かしてきた男は、魔族、人間含めて星の数程いるんだぞ?」

「あぁ、知っているとも」

 苦虫を噛み潰したような表情で呟き、王弟は脳裏にリアンの姿を思い浮かべる。

 妖艶さと幼さを混ぜ合わせたような、同じ魔族から見ても魅惑的な娘だ。

「それより、これから生まれてくる子をどうするつもりだ……我が王家の血をひく子ということになるだろうが……後に余計な火種になるかもしれないから、消してしまわねばなるまい」

 吐き捨てるように王弟は言う。

「これは面白い!」

 その言葉に、王は満面に笑みを浮かべて叫んだ。

「我が王家の血など、既にばら撒かれているではないか……なあ、スモレイ?」

 ゆったりとした口調で言う王から視線を向けられ、スモレイは体を強張らせた。

「スモレイ……お前、またやったのか……」

 その隣の父が、低い声音で息子に呟いた。

「えっと……これで記念すべき二十人目……だったっけねぇ? スモレイ?」

 にっこりと笑って、王は問う。

 穏やかで鋭い王からの問に、スモレイは口を真一文字に結んで俯いた。

 スモレイは王の愛娘、リアンの婚約者だ。

 この王には人間のように純粋なところがあり、不貞は非常に印象が悪い。

 それを知るスモレイは隠し子の事をひた隠しにしていたのだが。

 ……なぜバレた……

 実際には、スモレイの血をひく子はもっといた。 

 スモレイが孕ませた相手は、彼の家の召使いだけに留まらかったからだ。

「これは由々しき事だよね……ほら、私は小心者だから、色々と考えてしまうのだよ……例えば、成長して力をつけた己が子を集結させて、私の血筋を王の座から引きずり降ろそうと画策するのではないか、とかね」

 笑う王の冷たい瞳が放つ刃が、俯くスモレイの頭蓋にぐさりと突き刺さる。

「そのようなこと……考えたこともありません」

 緊張感から喉が乾き、掠れた声でやっとスモレイは言葉を紡いだ。

「あぁ、そう? それを聞いて安心したよ。君のお父上が心配するから、あまりお遊びはしない方が良いと思うよ。王家の血筋がばら撒かれるのは、あまり好ましくないようだからね」

 その言葉に、バツの悪そうな顔の王弟がギリッと唇を噛んだ。

「スモレイ、帰るぞ!」

 いたたまれず、王弟は叫ぶとさっさと踵を返す。

 その息子スモレイは、顔色を失ったまま王に深々と頭を下げ、父の後に続いた。

 部屋の出入口に立つ第一秘書の男は、無表情のまま退出していく父子に恭しく頭を下げる。

 その胸に、微かに嫌な予感がよぎっていたのだった。


「相談とはなんだ?」

 薄暗い部屋の一室で、男が低い声音で問う。

「いや、うちのかわいい弟が辱めにあったもんでさ……一泡吹かせたいと思ってね」

 冷たい光をその瞳にたたえ、問われた男は答えた。

「一泡吹かせるといっても……我らが束になってかかっても、リアンには敵わないじゃないか」

 問うた側の男の口調は、少し弱々しいものだ。

 男達はリアンの従兄弟である。

 四人いるリアンの従兄弟は、無関心だった一人を除いた三人で組み、幼い頃からよくリアンに力勝負を挑んでいた。

 もちろん、その経験上“リアンには敵わない”との判断が下されている。

「そこは頭を使え、ダルク……お前には、神の手を持つ弟がいるだろうが」

 唯一無関心を貫く従兄弟の存在を、王弟の長男スイールが口にする。

「ハルクの手を借りるのか……」

 少し嫌そうに、ダルクと呼ばれた男は呟いた。

 自分と違い、強い魔力と気高さとを持ち合わせている弟に、王妹の長男ダルクは昔から嫉妬している。

 だが困り事が起きる度に、そんな弟を頼ってしまう。

 ダルクはそんな自分が時折どうしようもなく惨めに感じるのだ。

 スイールは、そんな複雑なダルクの心を知っている。

「我が弟が玉座についたら、その時はお前にもいい思いをさせてやるよ」

 その耳元で、男は唇の端を持ち上げた。

 ダルクは気の弱い男だが、権力に対する欲がないわけではないのだ。それを利用しない手などない。

「玉座だと? スイール、できるのか? そんなことが……」

 ダルクは疑わし気な視線をスイールに向ける。

「できるさ! かわいい一人娘の命が助かるなら、王とて権力を渡すだろう……いいか、こうするんだ」

 眉根を寄せるダルクの耳に、スイールが耳打ちする。

 その内容に、ダルクは目を見開いた。

「な、なるほど……では、俺がハルクにそれを作ってもらうよう、頼めばいいんだな」

 ごくりと唾を飲み込み、ダルクは呟いた。

「そうだ……それと念のために言っておくが、何に使うのかとハルクに聞かれたとしても、適当に誤魔化せよ……もし聞かれたら、手強い技を使う相手に使うとでも、言っておけばいい」

 知恵の部分においては、ダルクよりその弟のハルクの方が何倍も切れる。

 二人の従兄弟であるスイールは、幼い頃からそれを感じ取っていた。

 それにしても、あの小娘……何を考えている……

 スイールは、脳裏にリアンの姿を思い浮かべた。

 彼女の父親である王は、単なる遊びだと言っていたらしいが……それは本当なのだろうか……

「もしそれが嘘だったとしても、人間なんぞすぐくたばるからな……まあいい……それより今は下準備が大切だ。頼んだぞ、ダルク」

 その肩をポンと叩き、スイールは踵を返した。

「あ、あぁ、任せとけ……まずは、上等な水晶球を手に入れて……」

 ぶつぶつと呟くダルクの背に、スイールは冷笑を向ける。

 そこに潜む嘲りに、向けられてるダルクは微塵も気づいていないのだった。


「これに、核を仕込んでもらいたい」

 ダルクは、人間社会に紛れて生きる弟、ハルクに手の中の水晶球を示した。

 水晶球は直径十五センチ程のものだ。

 その澄んだ輝きを放つ石を、ハルクは微かに目を細めて兄ダルクから受け取った。

 ハルクは執事服に身を包んだ、すらりとした長身の男だ。

 見る者に冷たい印象を与えるが、整った顔立ちをしているので、それがかえってミステリアスな雰囲気を生み出している。

 ハルクは王妹の次男でありながら、王族との付き合いを嫌い、まるで人間のようにとある町の外れで雑貨店を営んでいた。

「これを使う目的を教えて下さい……核と一言で言っても、色んなタイプがあるんですよ」

 ハルクは久しぶりに姿を見せた兄に、にこりともせず淡々とした口調で言った。

 ダルクは唇の端を持ち上げて笑う。

「異質の力を吸い取り、これに封じ込めたいのだ。ちなみに私の言う異質の力とは、我が眷属の力も含まれる」

 あらかじめスイールからこう言うようにと言われていた台詞を、ダルクは口にした。

「核を仕込ませておいて、私の力を奪う気ではないでしょうね」

 疑うハルクの言葉に、ダルクはふっと笑った。

「そんなもったいないことをするほど、私は馬鹿ではない。お前のその力は、神にも匹敵する」

 正直、魔力も知恵も敵わないこの弟を、ダルクはずっと妬んでいた。

 両親の弟に対する溺愛ぶりもすさまじかった。

 元々優秀な出来の弟に、両親は熱心に教育を与えたのだ。

 ダルクとて、なにもされなかったわけではない。王族の一人として、それなりの教育を受けている。

 だが、両親の愛情の温度差はひしひしと肌で感じていた。

 そんな弟が、頑なに世捨て人の道を選んだ時、ダルクは両親の落胆ぶりに胸がすっとしたのを覚えている。

「神など……私を買いかぶり過ぎですよ……ところで、ちゃんと報酬は頂けるんでしょうね?」

 そんな兄の胸中など推し量りもせずに、ハルクは冷たい声音で問う。

「もちろんだ。タダより怖いものはないからな……支払いはこの町の通貨で良いか?」

 頷き問い返すダルクに、ハルクは小さく頷いた。

 そして卓上のペンを手に取り、紙片にサラリと数字を書くとそれをダルクの方に差し出した。

 それを受け取って目を通すと、ダルクはニヤリと笑う。

 その瞬間、紙片はダルクの手のひらの上で紅い炎をあげて灰になり、宙に舞って消える。

「しかし毎度思うが、食事の要らぬお前には、金など必要ないだろうに」

 ダルクはそう呟きながら、ハルクが暮らす町の紙幣の束を卓上にドサリと置いた。

「人間社会に紛れ、人間であると認識されるには、金銭が必要なんですよ。万が一素性を疑われでもしたら、私はまた新たな居場所を探さねばなりません。それは、非常に面倒です」

 ハルクはそう言うと嵌めていた白手袋を外し、ダルクから受け取った水晶球を握る。

 青白い炎と漆黒の炎とが混ざり合ったものが、その手のひらから天井まで燃え上がる。

 美しい……ちくしょう……

 そのあまりの力強さと美しさに、ダルクは嫉妬に胸焦がしながら目を細めた。

「終わりました」

 その作業は数秒で終了した。

 炎は収まり、そこには元のように澄んだ輝きを放つ水晶球がある。

 だがダルクの瞳に映っているのは、恐ろしい程の吸引力を持った黒い炎が、水晶球の中で禍々しく渦巻く様だった。

 つくづく、敵にはまわしたくない奴だ。

 ダルクはハルクから水晶球を受け取り、にやりとした笑みを口元に浮かべた。

 弟の代わりに家を継ぐダルクは、そうすることで力のある弟に恩を売っている。これから先もこの特別な力を利用できるのだ。

「報酬だ」

 ダルクは水晶球を白い布で包み懐に入れると、卓上の紙幣の束をハルクの方に押しやった。

「どうも……」

 感情のこもらない声で呟き、ハルクはちらりと紙幣を見やる。

 自由の代償はストレスが溜まるものだが、仕方がない。

「では、またな」

 ダルクはすぐにその姿を消した。

「こちらとしては、願い下げですがね……」

 ハルクは胸の内に微かなざわめきを感じていたが、やがて小さくため息を吐き、それを片隅に追いやったのだった。

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