4-5 里奈の夢

 次の日から僕は出来る限り里奈と一緒に居るようにした。家まで迎えに行き家まで送る。決して一人では外出させないようにして、約束が無い日は家の外を見張った。

 相変わらず彼女の頭上には『99:99』と点滅は続いている。これはいつ動いてもおかしくないと言う事だ。そのため土日だけやっていたファストフードのアルバイトを辞めざるを得なかった。仕方が無い、彼女の事を考えると悠長にバイトをしている暇などはない。

 しかしその半面嬉しい事も増えた。それは里奈と一緒に居る時間だ。学校に出られるようになっても登下校も一緒に居たし、有難い事に彼女の手作りお弁当にもありつけた。傍から見れば仲の良いカップルに見える事だろう。


 一週間、二週間とそれが続き、いつしか月が替わっていた。あの事件も少しずつ皆の記憶から薄れて行き、里奈も元気を取り戻して来ている。そんなある日の放課後の事、僕らはいつものように部活である天文部に参加していた。


「では、これから部会を始めます。まずは久坂部長から一言をどうぞ」


 この日は月一回開かれる部内ミーティングの日だ。集まった生徒は一年生六人、二年生四人、三年生五人という小さな部活だ。ひと月前まではもう一人三年生が居たが、彼は先月学校を辞めている。


「うん、先月はとても残念な事があった。俺の方から改めて謝罪をさせてほしい。沢口さん申し訳ない」


 久坂部長は自分の席から立ち上がり、里奈に向かって深々と頭を下げた。


「アイツとは同じクラスだったし、こうして同じ部活を三年間続けた仲だ。それなのに俺はあのような行動を起こすまで気づいてやれなかった。部長としてもクラスメイトとしても情けない」


 学校を辞めた三年生は佐藤だった。奴は里奈を襲い田沼に怪我をさせ、警察に逮捕された。その結果少年院に行くことになり、学校を辞めざるを得なくなったと言うわけだ。

 里奈も立ち上がり、部長へ頭を下げた。


「いえ、部長のせいではありません。頭を上げてください。もう終わった事ですから……」


 そう終わった、佐藤という外的要因は僕と田沼で取り除いた。しかし神は残酷にも彼女にまたカウントダウンを与えて来たのだった。僕は里奈を見つめる。その視線の先、里奈の頭上にはまだあのデジタル表示が点滅している。正直、僕は疲れかけていた。いつ始まるともわからないカウントダウンに。


「ありがとう。沢口さん。では、今日の議題に移ろう。真壁さん、進行をお願いします」

「はい、本日の議題はこちらです」


 真壁さんはそう言うと事前に書いておいた黒板を指さす。黒板には二つの議題が書かれていた。彼女はひとつひとつ指を差しながら説明を行う、その姿はまるで新人教師のようにみえて僕は少し和んだ。


「ひとつは部長と副部長の選出です。そしてもうひとつは今月半ばに行われる文化祭についてです」

「うん、ありがとう。まずは部長と副部長の選出に移りたいと思う」


 真壁さんと久坂部長の会話が続いていた。

 そうか、先月その話が出ていた。里奈のカウントダウンの一件ですっかり忘れていた。


「それで、立候補する生徒はいないかな」


 久坂部長はそう言うと視聴覚室を見回した。元々静かだった視聴覚室に少し重い空気が漂う。誰が部長と副部長になるのかと。まあ一年生の僕には関係ない。どちらも二年生四人の中から選出されるのだ。

 そんな時だった、一人の女子生徒が手を挙げた。


「私が部長に立候補します」


 手を挙げたのは現在書記を務めている二年生の真壁佐和子さんだった。元々副部長の推薦を受けていたし、真面目過ぎるため少し融通が利かないかもしれないが、意外に優しい人だ。彼女なら何ら問題ない。僕を含め一年生の生徒も安心して部活に励める。


「うん、立候補ありがとう。では副部長はどうかな? 誰かやらないか?」


 残った二年生が顔を伏せる。といっても里奈を含めても三人しかないが。しかしその中の一人が真っ直ぐ久坂部長を見ている。それは里奈だった。

 里奈は人と目を合わせると視線を逸らす事は極力しない。良く相手の目をみて喋る人なのだ。里奈はいつも目をしっかりと見開き真っ直ぐに前を見ている。そんな里奈が大好きだったし、誇らしくもあった。やっぱり僕はそんな里奈が大好きだ。


「私が副部長に立候補します」

「え⁉」


 里奈は小さく手を挙げて言った。そんな里奈を見て僕は思わず声をあげてしまっていた。


「さ、沢口さん」


 さすがの久坂部長も驚きの声をあげた、無理もない。同じ部員同士で傷害事件まで起こした天文部だ。本来なら廃部していてもおかしくはない。しかし里奈の申し出により部に責任はないとされたが、正直僕は気が気ではない。


「大丈夫なのかい。あんな事件があって」

「それと部活動は関係ないと思います」

「そうか。そういってくれるとありがたい」


 久坂部長が言葉を詰まらせる、しかし表情はどこか嬉しそうだ。僕は反対だ。副部長になれば生徒会にも出る事になるだろうし、今月末にある文化祭にも深く関わって来る。それでは里奈と一緒に居る時間が減ってしまう。それでは里奈を守る事が出来なくなる可能性が高くなってしまう。もしそんな事になってしまえば僕と田沼は一体何のために里奈を助けたのか。


 しかし僕の心配をよそに話は進み、真壁さんと里奈が部長副部長に決まってしまった。どうして里奈は立候補したのだろうか、それはその日の下校時にわかる事になる。


「驚いた?」

「うん」


 僕はいつものように学校の正門で彼女と合流する。こうして一緒に帰るのもだいぶ板についてきた。今日も里奈を家まで送る、それが僕の役目だ。

 一緒に帰る様になって里奈との距離も近づいた。僕は里奈に対して敬語を使わなくなったし、お互い呼び捨てになっている。


「どうして立候補したの」

「犬吠埼の夜の事、覚えている?」

「勿論」


 僕はあの日の事を思い出して少し照れた。忘れもしない、あの日の夜僕は里奈に告白したからだ。それに恐らくあの日、佐藤という危険因子が誕生した日だと思うと少し感慨深い。


「あの日の夜、私言ったじゃない」


 僕は少し考え、少しだけ意地悪に答えた。


「こ、告白の事?」

「違うわよ!」


 里奈の顔が一瞬にして真っ赤になった。耳まで赤くして照れている。そんな彼女がとんでもなく可愛く思えた。普段は凛々しい立ち居振る舞いの彼女だが、恋愛に関しては僕よりもずっと奥手だ。未だにあの日以来キスさえもさせてもらえない。


「あの日言ったじゃない。私の夢」


 その言葉を聞いて僕はハッとした。そうだ、里奈には夢がある。誰よりも大きな夢。ちょっとの努力では到底叶えられそうにない大きな夢が。

『宇宙飛行士』それが里奈の夢だ。


「そうか、それで副部長に」

「うん、さすがに部長はちょっとなーって思ったけど、副部長ならやって損はないと思ってね。今後の勉強になると思うんだ」


 里奈は上目遣いで僕を見て言う。その目が輝いている。そうだ、里奈は止まらない、もう夢に向かって歩き出そうとしているんだ。あの事件以来少しずつ元気を取り戻し、最近では笑顔も増えて来た。学校でも良く笑うようになってきている。


「今日から天文部の副部長として頑張って行こうと思う。いつまでもあの事を引きずっていっても何も良い事無いもん。だから私は進むことにしたの。私の夢のために。ねえ直斗くん、応援してくれるよね?」


 僕の本当に大切な人、その人が夢に向かってまた歩き出した。そう、僕は全力で応援する。僕のすべてをこの人の捧げると決めているから。

 ゆっくりと僕は口を開く。これが彼女の望む未来だ。それを応援しなくて何が彼氏だ。

 しかし僕の願いとは裏腹に、僕の口は全く逆の事を言っていた。


「僕は反対だ」

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