1-4 僕はあなたを呪う

 しばらくすると予告編は終わり館内が真っ暗になった。


 映画が始まった。

 先程の予告編の影響で最初は内容が頭になかなか入ってこなかったけれど、次第に映画に集中していく。


 物語はこうだ、カフェで働く主人公・愛子が花屋を経営する男性・仁志と恋に落ちると言うストーリーだ。在り来たりな設定ながらも邦画らしく丁寧な心理描写と脇を固める名優の演技、何より脚本が本当に素晴らしい。

 何より主人公愛子の父親が恋人仁志に説教するシーンが見どころだろうか。


『愛子は幸せにならなきゃなんねぇんだ』


 父親のセリフが印象的だ。父親は『お前は娘を幸せにすることが出来るのか?』と問う言葉をこのような独り言の言い回しで表現したのだ。

 幸せにならなきゃいけない、そんな当たり前の事を独り言のように呟く。覚悟はあるのか。一生かけて幸せに出来るのか。そう父親は恋人仁志に語りかけるように言っている。


 ラストシーンには恋人仁志は『マリーゴールド』を手に愛子を迎えに行く。普通の男女が普通に結ばれる話を面白く描くなんて邦画ならではの演出。そして迎えるエンディングの歌。それと同時に流れるスタッフロール。そしてスクリーン一面のマリーゴールドの花。

 脚本や俳優も良かったけれど、要所で登場してくる花が本当に綺麗に撮られている。

 題名にもあるマリーゴールドは勿論、紫陽花や蓮、睡蓮や百合、ラベンダーなども映画の中で登場している。場面では俳優の演技よりも彼ら花の演技が際立っていた。彼もまたこの作品を語る上での重要な『演者』なのだと認識させた。


 素直に面白かった。普通の男女が幸せになる過程が本当に楽しめた一作だ。


 ふと視線を隣に移すと夏は涙を浮かべドリングを飲んでいる。泣くか飲むかどっちかにしなさい。

 もう一方、沢口先輩は小さな両手で口元を押さえ大きな瞳に涙を溜めていた。本当に恋愛映画が好きなんだなと感じさせる。

 僕はその横顔を彼女に知られまいと横目で眺める。本当に可愛い。


 スタッフロールが終わり、次第に館内が明るくなる。


「あー、面白かった!」

「本当にね!」

「先輩、この後今日の感想会しませんか! あ、何か予定あったりします?」

「うん、いいよ。特に予定無いし、今日は私も語りたい!」


 それから僕らは千夏の提案で今度は別のカフェへ行くことにした。

 僕らは映画館を出て少し歩く。その間にも千夏と沢口先輩は先程観た映画の感想を言い合っている。それがとても微笑ましく、見ていて心地よかった。


 僕らが交差点で信号待ちをしていると隣に赤ん坊を抱えた若い女性が立っていた。

 その女性を見たとき、僕は戦慄を覚えた。


『01:52』


 女性が抱えている赤ん坊の頭の上にあのカウントダウンが見えたからである。まさか、そんな。あんな小さな子が一体どうやって亡くなると言うのか。


 僕の身体から血の気が失われていく。先程まであった楽しい感覚は一瞬にして無くなり、今はそれをなんとか防げないかと思考を巡らせていた。

 今まで他人のカウントダウンを止めようと何度も思った。けれども何をやってもそれを防ぐ事は出来なかった。しかしあんな小さな子が死ななければならないなんて、この世はどうかしている。


「お、織部くん? どうしたの?」


 僕の只ならぬ雰囲気を察知したのか、沢口先輩が声をかけてきた。


「お兄ちゃん……ダメだよ……」

「で、でも……」

「わかっているでしょ、運命は変えられないんだよ。これまでだって……」

「わかっているよ……わかっているけど……」


 さすが千夏、僕が寿命のカウントダウンが見えた事を気づいたらしい。こんな場面は何度もあった。そんな時いつも千夏は僕を静止させる。


 けれど、僕は居てもたってもいられず女性に声をかけようとした。

 そんな時、交差点の信号が変わり赤ん坊を抱いた女性が歩き出した。


「ダメ……お兄ちゃん……! それが運命なの……」

「で、でも……」


 千夏が僕の腕を掴む。か細い千夏の両手が僕を包む。隣でみていた沢口先輩が僕と千夏を不審がる。


「い、一体どうしたの?」

「な、何でもありません! 急にお兄ちゃんに甘えたくなっちゃって。にひひ!」


 背中がびっしょりと濡れる。あんな小さな赤ん坊があと二時間の命だと。神様がもし居たとしたら、そいつは神様なんかじゃない、僕に寿命のカウントダウンを見せて、そして何も知らない赤ん坊の命を奪い、母親を悲しませる。とんでもなく残酷な悪魔だ。


「ほ、ほら。信号変わったよ! 行こお兄ちゃん!」


 僕の焦りが妹にまで伝わったのか、千夏の汗で濡れた手が僕を引っ張る。


 最悪な気分だ。


 どうしてこんなに幸せな時間を僕を、こんなにも辛いどん底へ叩き落とすのか。


「お、織部くん……一体どうしたの? 汗びっしょりだよ……」


 沢口先輩が僕を心配して、僕の顔に触れる。なんてことだ。こんなにも大好きな先輩を前にして、僕は素直に喜ぶ事も出来ず、心配をさせて一体何がしたいと言うのだ。

 千夏の言う通り、運命は変えられない。僕は決して神様でもヒーローでもない。そんな事、嫌というほどわかっていたというのに。


 それから何事も無かったかのように僕らはカフェへ行き映画の感想を述べ、千夏の買い物を付き合った。けれど僕の心は晴れる事無く終始あの赤ん坊の事を考えていた。

 千夏と沢口先輩とは千葉駅で別れ僕は家路を歩く、スマートフォンで時間を確認すると先程の赤ん坊と出会ってから二時間。

 きっとあの子はもう亡くなっている。母親は、父親は何故、どうしてと悲しむだろう。

 病気か、事故か、それとも事件か。


 もしかしたら僕なら防げたのかもしれない、いや以前にも運命を変えようとそれを相手に告げた事がある。けれども何度やっても結果は同じだった。


 他人の運命は変えられない。それだけがこの能力の真理だ。


 神様、僕はあなたを呪う。他人の寿命なんて見えるせいで、あなたが与えた能力のせいで、僕の人生も精神も滅茶苦茶だ。


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