5-3 前日
次の日、結局この日も里奈には会えず、朝早くに生徒会室の扉をこっそり開け、隙間から里奈のカウントダウンを確認した。今日も変わらず点滅状態だ。
里奈の無事を確認し終えた僕は自分のクラスに向かう。教員棟、教室棟ともに明日に控えた文化祭の色に染まって来た。
僕らの学校の文化祭は金曜日と土曜日の二日間で行われる。初日の金曜日は午後から始まり、二日目の土曜日は丸一日開催される。一日半にのぼる大きな文化祭だ。去年の来場者数は凡そ一万人。多すぎる事も少なすぎる事も無い、至って普通の文化祭だ。
催し物も多彩で演劇部による演劇、軽音楽部によるバンド演奏などのものから、各クラスによる教室でのメイドカフェや執事喫茶なども人気らしい。
校内には飲食関係の出店も多く、焼きそばやたこ焼き、カレー、クレープ、チュロス、ドーナツなどの定番系からパンケーキやラーメン屋、変わったところで『うどん部』による手打ちうどんなどがある。
とはいえ、すべて生徒らの手作りというわけにもいかず、地元商店街の協力で盛り付けのみという出店も多い。その地元商店街もかなり気合が入っており、駅から学校へ続く道にも出店があり、この二日間は町全体がお祭り騒ぎだ。
当の僕も少なからず興奮を覚えていた。僕ら天文部も視聴覚室を使用し自作のプラネタリウムを展示する予定だ。製作期間こそ三週間ほどだったが、限られた時間の中で取り組んだ。
しかし何と言っても我が高校の目玉は、全生徒たちによる巨大寄せ書きだ。これは全生徒が参加し、名前やそれぞれの夢を書いた板を校舎に立てかけて展示するものだ。
自分が書いたものを見つけるのも面白いし、友人や他の生徒が思い思いに書いたものを探すのだけでも楽しい。また父兄らが探す姿も文化祭の風物詩になっているらしい。ぼっちから陽キャまで全生徒参加型の催し物である。
この巨大寄せ書きは高さ五メートル、幅二十メートルにもなる巨大展示物だ。この展示物にあやかり、芸術的な巨大オブジェクトを催し物にしているクラスもある。
それらは教室棟から教員棟を繋ぐ渡り廊下の下に展示されており、普段はただの廊下も屈指の人気スポットに早変わり。
とはいえ僕は今年入学したばかりで、まだこの高校の文化祭というものの勝手がわかっていない。これらは殆ど部活の先輩たちから聞いた話だ。
僕は視聴覚室の扉に装飾を張り付ける、これが僕の役割だ。里奈は他の二年生とともに室内の装飾を行っている。
しかし装飾と言っても絵を描いたポスターを張り付けるだけで、それほど大変な作業ではない。むしろ絵よりも大事なのは、外からの光を遮断する事。視聴覚室の中には遮光カーテンがあるものの、完全に光を遮断できるわけはない。
他の部員も同じように教室内の光を遮断するためポスターで窓を塞ぐ。もちろん教室内にも遮光カーテンはあるが完全ではない。僕ら天文部の仕事は自作したプラネタリウムをより完全なモノにすること。それにはこういった地味な作業も必要である。ちなみにこのポスターも自作のもので、この絵も僕が描いたものだ。
そんな時、一人の生徒が教室内で声をあげた。
「できた!」
それは元部長の久坂先輩の声だった。僕はポスターを張り終え教室内に戻る。視聴覚室の中には高さ二メートルにもなる自主製作のプラネタリウムが中央に設置してあった。その傍らで地面に蹲って絵を描いている久坂先輩の姿があり、僕は彼に近づいた。
「何が出来たですか?」
「織部君 よくぞ聞いてくれた。見てくれ俺の渾身のポスターを!」
それは視聴覚室に張るポスターだった。僕はその渾身のポスターとやらを覗き込む。ポスターには真っ黒に塗りたくった星空?にふたご座が描かれていた。しかし星の書き方が独特で、ご丁寧に五芒星で『☆』のマークが描いている。
「久坂先輩、星はそれでよかったんですか……」
「何を言う、これがいいんじゃないか。みんな同じでは個性がないだろ。見てくれよこのポルックス、この味を出すまで一週間もかかったんだぞ」
僕は、はあ、と久坂先輩に返事を返す。
ちなみにポルックスというのはふたご座で
「久坂先輩、そのポスターは一番端の奥に貼り付けてください」
教室の中で真壁部長と話をしていた里奈が、久坂先輩へ指示を出す。
「え、俺のは端っこ?」
「仕方がないじゃないですか、もうみんなポスターを完成させていて、先輩が一番遅かったんですから」
「く……」
「まぁ、誰かさんも遅かったですけど」
里奈はそう言い僕を見た。実は僕もポスターの完成が遅かった。一年生は前もって場所が割り振られていて、出入り口付近と決まっていた。僕の担当は出入口である扉の窓だ。
「り……すいません、副部長」
僕は思わず里奈の名前を呼びそうになった。部内では僕らが付き合っている事は既に知られていて、別に隠しているわけでは無い。しかしさすがに名前を呼び捨てしていては、まずい気がして部活動中は副部長と呼んでいる。
僕は里奈に叱られポリポリと頭を掻いた。こんな学生生活も悪くない。いやむしろこれが良い。これが僕の望んだ普通の人生だ。
「さて、じゃあ久坂先輩のポスターも完成したし、プラネタリウム制作も終了。やっと天文部の催し物が完成ね」
そう口を開いたのは真壁部長だった。
真壁部長は元々書記を務めていただけあって、手際が良い。指示も的確だし後輩の面倒見もいい。最初はツンツンしている人だと思っていたけれど、今は彼女が部長に立候補してくれて本当に良かったと思う。里奈とは違う優しさを持った優秀な人材だと感じていた。
「みんなお疲れ様、いよいよ明日が本番だけど、明日は午前中にまた集合して最終確認を行うわ」
天文部の全員がそれぞれ手を止め、真壁部長の言葉を聞く。
「特に一年生は本当にご苦労様、みんなの力が無かったらここまでのクオリティのプラネタリウムは完成しなかったわ」
真壁部長は目の前にあるプラネタリウムに手を触れる。それはドーム型のプラネタリウムで、大きさは二メートルにもなる巨大なものになった。
ビニールで覆われたそのドームは、中に投影機が設置してあり、中から観ることで満天の星空を楽しむことが出来るプラネタリウムだ。外観こそただのビニールを繋ぎ合わせたものにしか見えないが、素材から骨組みに至るまですべて天文部の僕らが制作した自慢の作品だ。
空気を送り込み、内部を膨らませるための扇風機も隣接しており、ドームの中には一本の柱を建てているものの、それ以外に物は置いておらず意外に広い。中にはビニールシートを敷いてあるため、ゆっくりとプラネタリウムを楽しむことが可能だ。
材料集めから制作まで実に約三週間、正直高校生だとここまで本格的なものが作れるのだと感心しかなかった。
「本当誇らしいわ」
真壁部長はそう呟く。それはみんな一緒だった。夏の終わりには辛い体験をしたけれど、今はこの天文部で良かったと心底思える。
「じゃあ私と副部長は今から生徒会に出席します。各自作業が終了したら今日はお開きにしていいわ。くれぐれも明日が本番だっていう事を忘れないでね、それでは、お疲れさまでした!」
真壁部長の一言で視聴覚室の全員が一斉にお疲れ様ですという。何故かそれが嬉しくて僕らは笑い出した。
「あはは、まだ始まっても居ないのにね」
「なんか笑っちゃう」
「明日が楽しみで今日眠れないかもしれない」
教室内でそんな声がいくつも零れた。それは僕も同じだ。僕も珍しく里奈のカウントダウンを忘れて笑った。部活ってこんなにいいものだったんだなと本当に嬉しくなった。
しかしこの時の僕は知らなかった。
無慈悲にも彼女のカウントダウンは、明日再び動きだす事を。
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