みえるひと 〜命のカウントダウン〜
高樹シンヤ
序章
考えてみてほしい。
もし自分に他人の寿命が見えるとしたら。
それが自分の運命をどう変えていくのか。
これは僕、織部直斗が体験した不思議な物語である。
僕はごく平凡な家庭に生まれ、ごく平凡な成績、ごく平凡な人生を歩む。それが僕の目的だった。僕は決して物語の主人公になるような男ではない。それは僕が一番わかっている。どこにでもいる普通のモブキャラって奴だ。
ただし僕には人に言えない特殊能力がある。それがわかったのは小学生になった時、はじめて自分には特別な力がある事に気が付いた。
その日はけたたましくセミが鳴く、暑い夏の日だった。
僕は近所で友達たちとサッカーをして遊んでいた。喉の乾いた僕は一旦家に帰り、冷蔵庫でキンキンに冷えていた麦茶を飲んだ。
喉の渇きをいやした僕は、何の気なしに居間を覗く。そこには祖母が座ってテレビを観ながらお茶を飲んでいた。いつも優しくて、笑顔を絶やさない大好きな祖母。祖父は僕が生まれると同時に亡くなっていた。
祖母は時代劇が好きで、その日もニコニコと笑顔を絶やさず時代劇を観ていた。何一つ変わらないごく当たり前の日常、そう思っていた。
その時だった。ふと気が付くと祖母の頭の上に変なデジタル数字が浮かんでいた。最初は時計か何かだと思えた。僕は家に時計を見て今の時間を確認した。けれどもその数字と合う事は無い。あれは時計じゃない、僕は直感的にそう思った。
家の中の時計はすべてアナログだし、そもそも人の頭の上にソレが見える事自体おかしな話だ。
驚いた僕は、祖母にそれを聞いてみた。
『おばあちゃん、頭の上に何か見えるよ。時計みたいに時間が見える』
ニコニコしていた祖母は視線を僕に向け、少し驚いた表情を浮かべた。そして何もなかったかのようにまた笑顔に戻し言った。
『……そう……なんだろうね?』
祖母は『ふふ』と笑った。いつもの優しい祖母だった。
僕はそんな祖母に不思議な感覚を覚えるものの、友人を待たせていたため、足早に近所の公園へ急いだ。
しかしその道中、何故か祖母の頭の上に見えたデジタル数字が無性に気になった。アレはどう考えてもおかしい。あれは祖母に何かが起こる前兆なんじゃないか⁉
僕は公園に着くと『用事を思い出した』と言って友人たちを別れた。
急いで家に帰るとまだ祖母の頭の上には謎のデジタル数字があった、僕の直感は当たった、さっき見たときよりも数字は少なくなっている。これがゼロになったら祖母の身に何が起こるのだ。
僕は居てもたっても居られなくなり再び祖母にそのカウントダウンについて聞いた。
『そう直ちゃんにも見えるんだね、ありがとう直ちゃん。もしかしたら死んだお爺さんが来てくれたのかもしれないね』
と祖母は言った。
祖母に聞いても何の答えも得られない。そう思った僕は台所へ行き、そこで夕飯の支度をしていた母にも聞いた。
『直斗、何わけのわかんない事言っているの。それよりも宿題終わったの?』
宿題⁉ こんな時に宿題なんでどうでもいいだろ!
二階の自室で漫画を読んでいたひとつ下の妹・千夏にも聞いてみた。
『はぁ? カウントダウン? 何それ。意味わかんない』
ダメだ、誰もあのカウントダウンの事を知らない、いや違う、もしかして僕しかみえないのか?
しかし小学校に上がりたての僕に残された手はない。母でも当事者である祖母すら、それが見えない。そして無常にも徐々に少なくなるデジタル数字。
刻一刻とそのカウントダウンが祖母に迫っている。母親や妹だけなく、仕事から帰って来た父親にも同じのような事を聞いた。しかし結局僕が眠るまでの時間では、その謎は解けず、次の日、祖母は静かに亡くなった。
両親からは老衰だと言われた。
その当時の僕には、老衰の意味が分からず、祖母が亡くなった事に大きなショックを受け一週間近く泣いた。大好きだった祖母の死で僕は悲しみ暮れ、あのカウントダウンの事をすっかり忘れていた。
次に見えたのは祖母の一件から少し時間が経ち、小学校三年生になった頃だった。
ある日、近所に住んでいたサラリーマンのおじさんの頭の上に祖母と同じようなデジタル数字が見えた。
サラリーマンのおじさんは、誰にでも優しく子供の僕にも優しく接してくれた。
学校帰りに見かけたとき、声をおじさんはいつもの優しい雰囲気はなく、頬は痩せこけ髪も乱れていた。
そのおじさんのデジタル数字がカウントダウンが動いていたのだ。その時僕は思い出した。祖母の時と同じだと。
次の日、おじさんは自宅で冷たくなっているところを家族に発見された。自殺だと言う。
どうやら仕事で悩みを抱え家族にも言えず、誰にも相談出来ず思いつめ、自ら命を絶ったという。その時、僕はその能力に気づいてしまった。
僕が見えているあの数字は、ただのカウントダウンではない。あれはその人の寿命なんじゃないか。つまりあれがゼロになるとき、その人は何らかの事情で死ぬ。
それはまるでテレビや映画で見るタイムリミット、その人が生きられる残り時間。そうに違いない。祖母の時忘れていた記憶が蘇り、パズルのピースがかみ合う瞬間だった。
それから僕は、カウントダウンが見える人に声をかけまくった。
しかし誰一人として見向きもしない。
勿論、両親にも相談した。
父と母は僕の頭がおかしくなったと思い、精神病院へ連れて行った。僕は何人もの医者へ自分の身に起きるすべてを話した。何度も何度も。
けれど、大人は誰一人として、信じてくれない。僕の話を真剣に聞く大人なんて、この世には居ないと思わせた。
医者は言った。
『お薬飲んでいけば、その症状も軽くなるでしょう』
やめてくれ、僕は病気なんかじゃない。 僕は他人の寿命が見える特殊な人間なんだ。人の命のカウントダウンが見えるんだ。
精神病院へ通うようになって僕は気づいた。大人は決して子供の言う事を信じない。自分たちが作り上げた物差しで図る。それに値しない僕は精神病だと言うのだ。
それは両親も同様だった。悲しかった。けれど今考えれば無理もない。けれど一度でいいから信じてほしかった。
絶望と大人への不信感を抱いた小学生と中学時代は終わり、僕は高校へと進学した。
しかし僕には唯一の味方が居た。妹の
千夏は僕の言う事を信じはしてくれたが、大人への期待はしないようにと僕に言った。
『どうせ大人には見えないんだから』
『もしかして千夏も見えるのか?』と僕が言うと千夏は舌をペロッと見せて、『んな訳ないでしょ、バーカ』と言った。我が妹ながら可愛くない。
けれど千夏は続けて言う。
『お兄ちゃんが言っている事、全然笑えない。だから信じてあげる。だから大人を信じちゃダメ』
なんて妹だろうか。笑える笑えないで決めて良いものか。けれど僕の話を真剣に聞いてくれる妹の存在が心底嬉しかった。信じてくれる人が一人でも居るだけで気が楽になる。
『良い? これからは見えるなんて言ったらダメだよ。そんな事したって無駄なんだから。大人は信じられないわ。また薬漬けになりたいの?』
僕は首を横に振る。病院は嫌いだ、薬も嫌いだ、でも大人はもっと嫌いだ。
『なら、アタシの言う通りもう見えるなんて言わない事ね。こっちだって頭のおかしい兄貴が居るだなんて、もう友達に言われるのヤダよ』
妹は僕を諭した。確かに千夏の言う通りだ。これ以上大人に言っても仕方ない。
僕はそれから妹以外に、『みえる』事を言わなくなった。
僕と千夏の二人だけの秘密、子供ならワクワクするような響きだが、内容は残酷で冷酷だ。他人の寿命がみえるなんて本来ならありえない。けれど僕が見えているのは確実に真実だ。
命のカウントダウン、それが僕、織部直斗十六歳。
みえるひと。
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