1-1 カウントダウンがみえる少年
街中ですれ違う人に、デジタル数字のカウントダウンが見える。
『あの人……』
僕の見える能力は日に日に強くなって、今では一日よりも長いカウントダウンが見えるようになっている。最大で『99:99』前まで見る事が出来る。
命のカウントダウンはデジタルで頭の上に表示されている。それがゼロになればその人の寿命が終わる、自殺でも事故死でも自然死でもこれに当てはまる。
祖母は老衰による自然死、近所に住んでいたおじさんは自殺によって亡くなった。どちらも命のカウントダウンがゼロになったのだろう。
カウントダウンはどこにでもあるデジタル数字で、時計によく似ているけれど時刻を知らせるためのものではない。映画などで見る爆弾についているようなタイマーのようなものだ。
秒の表示はなく、時間を分のみが表示されている。これが砂時計やアナログ表示だったら、煩わしくて仕方が無かっただろう。
僕は思考を遮り再びすれ違う人のカウントダウンを見る。『09:54』、あの人の寿命も十時間足らずで終わる。
あの人はどんな人生を歩んだのだろう。見た目は若く恐らく三十代ぐらいだろうか。彼はベビーカーを押す、隣には奥さんらしき女性、ベビーカーには赤ん坊。夫婦は笑顔で歩いていく。
一体彼に何が起きると言うのだろうか。
僕は振り返りベビーカーに乗った赤ん坊をチラリと見る、悲しい事だけどお父さんは後十時間の命だ。大丈夫、お母さんにも君にもカウントダウンは見えない。
もしここで僕が彼にカウントダウンの事を知らせたら、彼ら家族の笑顔はそのままなのだろうか。
けれどそれを知らせる事はしない。それが彼の運命なのだから。
僕は帽子を被り直し、ポケットからスマホを取り出す。
スマホの時計を確認する。『14:10』と表示されている。奇しくも同じデジタル表示だ。
「全く……。いつも時間を守らない奴」
僕は小さく愚痴をはいた。
JR千葉駅、中央改札。
駅で待ち合わせをしているのは僕だけじゃなかった。
僕の目の前には、様々な人々が歩いている。
改札を出るときもスマホを見ながら歩く女性、汗を垂らしながら歩くサラリーマン、主婦なのか二人で談笑しながら歩く中年の女性。それぞれ何かの目的を持ち目的地を目指していた。
しかし一方僕には目的地などない。僕の目的地はここだった。
こうして人を見ているのは辛い。
すれ違った人何人かの寿命が見えたからだ。
『あの人も……今日死ぬのか……』
目の前の元気そうなお兄さんの頭の上にデジタル数字のカウントダウンが見える。どうしてあんなに元気そうなのに、カウントダウンが見えるんだろう。
『もしかして事故か、何かかな』と僕は考えた。しかしそれを彼に言ったところで信じてくれるはずもない。信じてもらえる程の根拠もない。
僕は視線を逸らし、再びポケットからスマホを取り出した。
「お兄ちゃん!」
僕はいきなり後ろから声をかけられて飛び上がりそうになった。
危うくスマホを落としそうになる。
「何、そのダサい恰好。もうちょっとカッコイイ服装にしなよー。元が良くないんだから」
この声、この遠慮のない口調と言葉。我が妹、織部千夏だ。
僕は振り向くと、目の前には美少女が居た。
長くウェーブした黒の髪の毛、紺色の長い薄手のコートを羽織り、インナーには黒のニット、チェック柄の短めのスカート、そしてリボンの付いた黒いパンプスを履いている。
我が妹でなければ、ときめいたかもしれない。
バッチリメイクを決め、薄手のファンデ、艶やかなリップで大人の色気を感じさせる。我が妹でなければ、以下略。
「うるさいなー。僕は服なんて何でもいいんだよ」
「あらまー。可愛い妹がデートしてあげてるのに、何その言い草」
「馬鹿、何がデートだよ。妹とデートする訳ないだろ」
「ま、いいや。行こ」
千夏が僕の腕を掴み、歩き出した。
「お、おい。くっつくなよ」
「何、照れてるのー?」
周囲から舌打ちのような音が聞こえた。恐らく千夏をナンパしようとした男が居たのだろう。全くもう、物好きが居たるもんだな。
兄の僕からでもわかる、確かに見た目は可愛い。しかし千夏の性格を知ればそんな気は起きないだろう。まさに小悪魔。意地悪だし口も悪い。僕の血のつながった妹で無ければ、決して喋る気も起きない。
千夏が僕の腕を掴んで、自分の腕を絡ませる。ちょうど胸のあたりが僕の腕に触れる。はずだったが、そこにはふくよかな膨らみは無い。
当の本人もそれは気にしているらしく、以前それを言ったら『まだ成長期ですから!』と怒りながら殴ってきた。まあまだ千夏は中学三年、これから膨らむのだろう。知らないけど。
「なあ、千夏。学校どうだ? 父さんも母さんも心配いているぞ?」
「別に? どうってことないよ」
千夏が僕の問いに小首を傾げた。見た目だけは可愛いんだコイツ。
「千夏がお嬢様学校に行ってから、二人ともずっと寂しそうだし、またには電話ぐらいかけてあげればいいのに」
「電話なんて、面倒じゃん。お母さんとはLINEしてるし、それだけで十分でしょ」
「LINEって……」
一度、母が千夏とのLINEを見せてくれたことがある。
『千夏ちゃん、元気にしてる?』『してるよー!』
それだけだった。いや、それはないだろ。いや、あるか。
どの世代でも両親にはあまり心配してほしくないし、構ってほしくないものだ。千夏は頭が良く中学校へ進学の際に千葉県でも有数なお嬢様高校の中等部に入学、それからずっと寮生活だ。親元から離れたかった千夏にはうってつけの学校という事らしい。
千夏はあまり両親と仲が良くない。良くないと言っても普段の会話ぐらいはするし、反抗期という訳でもない。喧嘩している姿も見たことはない。恐らくただ単に親という存在が煩わしいだけなのだろう。
まあ、要領の言い千夏の事だ、必要があれば両親に電話もするだろうし、心配をかける事はないだろう。
「それよりお兄ちゃんはどうなのよ? この春から高校生になったんだし、学校で彼女でも出来た?」
「居ないよ」
「何それ、つまんないなー。一人ぐらい居るでしょ。良いなーって思ってる人」
「……居ないってば」
僕は嘘をついた。鼻の頭をポリポリと掻く。
「あー。こりゃ嘘をついていますね! お兄ちゃんは昔から嘘をつくと鼻の頭を触る癖があるのです!」
なんですと、そんな癖があったのか。
無意識って怖い。
「誰なのよ? お姉さんに教えなさい。にひひ」
「その笑い方、可愛くないぞ」
「本当は可愛いって思ってるくせに、にひひ!」
妹が卑猥な笑い声をあげる。おっさんかお前は。
「ま、良いけどさ。それよりもせっかくの日曜日なんだし、何か美味しい物食べさせてよ」
「たかるなら父さんと母さんに言えよ。僕のバイト代なんてたかが知れてるぞ」
「良いんだよ、安くても。元気な兄の姿が見られて、私は幸せじゃ」
「全く……」
正直、兄思いの妹だと思う。
千夏は僕が落ち込んだりしているとすぐにそれを察知して元気をくれる。本当に良くできた妹だ。僕がこんな能力でも平穏に生きていけるのは、妹の存在が大きかったと思える。
「んじゃお寿司! 回るやつで許してあげる。あ、その前に買い物行きたい! あと映画見に行こうよ!」
「はいはい……」
注文が多い。
こうして僕の平穏な日曜日は崩れ去り、嵐のような妹との一日になる。そう思っていた。
あの出会いが無ければ。
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