4-4 運命の強制力
僕は千夏と別れ田沼が入院している病院へ訪れる。
幸いなことに田沼が入院している病院は里奈の家からさほど離れてはいない。電車とバスを乗り継ぎ午後五時過ぎには田沼が居る病室にたどり着いた。
僕は病室の引き戸を開け中に入る。そこは四人部屋の病室だった、四人部屋と言っても今は田沼しかおらず実質広い一人部屋だ。窓側に設置されたベッド田沼は独り本を読んでいた。田沼に近づくと彼は気づいた様子で、本をそっと閉じ僕にニコリと笑いかけて来る。
「よ、来てくれたか」
「田沼さん……」
田沼は前開きのパジャマに着て、相変わらず頭がボサボサ、髭も伸び放題だった。しかしパジャマからチラリと見えるお腹に巻かれた包帯、そして腕には点滴の管が繋がっている。
「病院って、どうしてこうも暇なんだろうな。全く娯楽ってものがありゃしない」
「何を言っているんですか田沼さんだってお医者さんじゃないですか」
僕は元気そうな田沼の顔を見て、少しほっとした。それに田沼の頭上にはカウントダウンは見えない。彼は無事退院できるし、死ぬことも無い。
「いやぁ、俺は精神科医だし、嫌われ者のヤブ医者だからな」
「そんな事ありませんよ。少なくとも僕は嫌っていません」
「君から嫌われたら俺はもうどうしようもないな」
田沼はそう言うと大きな口を開けて笑った、しかし笑った拍子に傷が痛んだのか、少し顔を歪めた。
「いてて……」
「笑うからですよ」
「へへ、こんな痛みくらいどうって事ないさ。これぞ名誉の負傷ってやつだ」
「はい、その通りです」
「でも君の方もなかなかいい男の顔になったじゃないか」
田沼は僕の鼻に指を差し言った。痛みは無くなって来たというものの、まだ鼻は少し腫れていて絆創膏を張っている。鼻呼吸も苦しいし見た目も良くない、早く治ってほしいものだ。
「田沼さん、実は相談したい事があるんです」
「俺に? 何だい。彼女のカウントダウンは止まったはずだろ」
「そうです、一度は止まりました。けれど……また見えたんです」
「……は?」
先程まであった和やかな雰囲気が一変し、田沼の表情から笑いが消えた。無理もない、僕らが命がけで消したあのカウントダウンがまた見えると言い出したのだから。
「それは、どういうことだい」
僕は先程みた里奈のカウントダウンについて説明を行った。学校が終わり里奈の家に訪問し、里奈のカウントダウンがまた見えた事を。
「……なるほど。しかし直斗君、君は確かカウントダウンは止まったと言っていなかったか」
「はい、あの日僕ははっきりと見ました。僕の目の前で止まり、そして消えるカウントダウンを。でもまたみえたんです。しかも点滅していたんです」
「点滅? カウントダウンが点滅していたって事かい?」
「はい、そうです。カウントダウンが点滅している事なんて今までになかった。あれはきっと何かおかしなことが起こった証拠なんです。田沼さん教えて下さい。あの点滅は一体何を意味するんですか⁉」
「直斗君、ちょっと落ち着いてくれ。俺の方も頭の整理がつかない」
田沼は両手を上げて僕の気持ちを落ち着かせようとした。
「話を整理させてくれ。一度は止まって消えたカウントダウンがまた動き出した。これはいいね」
「いえ、違うんです。カウントダウンはまだスタートしていないんです」
「は?」
「九十九時間九十九分でタイマーは動いていませんでした」
田沼は僕の話を聞いて、自分の顎を手で触れる。それは何かを考えている様子だった。田沼とはまだ短い付き合いだが、物を考える際にそういった仕草を取る事がある。これがこの人の癖なのだろう。
「……あの本には書いていなかったんだが、アルバートは何度も他人のカウントダウンを止めようとした事があるらしい」
「え⁉」
僕は田沼の言葉に驚きの声をあげた。
しかし良く考えれば同じ力を持つ者同士、カウントダウンを止めようとするのは当然と言えるだろう。いくら他人といえ失われていく命を黙って見過ごすのは本当に辛い。
「それでどうなったんですか⁉ 止めてどうなったんですか⁉」
田沼は僕の目をジッとみつめて、首を横に振った。
「結果は失敗だったらしい。神の決めたレールからは外れなかった。結局カウントダウンは止まらず、そのまま亡くなったそうだ。彼は何度も他人を救おうとした。けれど救えなかった。だから俺と出会ったときには彼はもう誰かを救う事を諦めていた」
わかる、里奈のカウントダウンを止めるだけであれほど大変だったし、田沼に至っては入院するほどの影響だ。それほど『神が決めたレール』から外れる事は並大抵な事ではないと言う事だろう。
「なら……里奈は昨日の夜に亡くなっているはず」
「そうなんだ、そこがおかしい。アルバートが挑んで出来なかった事を君は成し遂げた。しかしまたカウントダウンが見えたと言う事は……」
「どういう事ですか」
「これは俺の予想だが、やはり『運命の強制力』には逆らえないのかもしれない」
「運命の……強制力?」
「ああ、アルバートはこうも言っていた。人の運命を捻じ曲げても、『運命の強制力』でまた戻ると。つまり一度止めたとしてもまた動き出すという意味なんじゃないか」
「そ、そんな馬鹿な……。認めない……僕は認めません……」
何てことだ。止めてもまた動き出す事なんてあってたまるか。それじゃ絶対に里奈を救う事は出来ないと言う事じゃないか。ふざけるな。
「しかし気になるな、その『点滅』というのは」
「……何か知りませんか?」
「残念ながらアルバートからその現象について聞いてはいない。もしかすると俺に隠していたのかもしれない」
「隠していた?」
「ああ、その『点滅現象』についてだ。さっきアルバートは止められなかったと言ったろ? 俺には結果だけを伝えて、その過程の中で起こった現象を話してくれなかった可能性がある」
つまりアルバートにも見えていたのかもしれない、あの点滅が。
「とりあえず今は情報が欲しい。今日君の身に起きた現象をもっと詳しく教えてくれ。」
田沼はそう言うとベッドの隣に設置してある床頭台からペンと大学ノートを取り出し、僕の経験した内容を書き出す。それから田沼との話は面会時間ギリギリまで続いた。僕は後ろ髪を引かれる思いで病院を後にし、里奈にLINEを送った。
『さっきはごめんなさい。埋め合わせといっては何ですけど、明日どこかに遊びに行きませんか?』
結局、田沼との話では、今後どうするべきかの結論は出ず、とにかく彼女のカウントダウンが動き出さないように、もし動き出した場合はすぐに行動を起こせるように、出来る限り一緒に居るようにしようと考えた。
勿論、田沼との話は重要だ。日中は彼女と一緒に居て、余った時間で田沼と話す必要がある。田沼の退院はまだ先だし、残念ながら『点滅』の謎も解けていない。
あの点滅がトリガーになるのか、それとも何かを知らせるサインなのか。考えれば考えるほど沼にはまってしまう気がした。考える事は一緒に居ても出来る。今は行動する事が重要だ。
里奈の心情を考えれば、またすぐにペットの散歩に出かけるとは考えにくい。それにあのような事件に巻き込まれては、夜出歩く可能性も低い。しかし気分転換として日中散歩に出掛けたりはする可能性はある。その時、カウントダウンが急に動き出す事も考えられる。
何よりもあの日見たカウントダウンの加速現象が恐ろしい。二十何時間とあったカウントダウンが加速してしまえば、あっという間にタイムリミットになってしまう。
佐藤という外的要因は取り除いた。しかし恐らく全く別の外的要因が誕生したのだ。それを取り除かなければならない。なんとしても彼女をまた救うのだ。
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