第8話 大福ちゃん

 5月は、俺にはもう暑い。

 部活に行く途中、体育館に向かう廊下で大福ちゃんに会った。

「おっ、大福ちゃん!」

 声を掛けると、大福ちゃんはちょっと考えるような難しい顔になった。

「あの、今井先輩…。藤川です。」

「あー、藤川ちゃんね!俺の事知ってるんだー!」

「前もお会いしましたし、佐々野委員長と同じ、バスケ部ですよね?」

 あ、覚えてるんだ!廊下の端っこに移動して話を続ける。

「そっかー。佐々野と同じ図書委員なんだっけ?ちなみに俺はバスケ部の部長なんだよー。カッコいい?」

「あっ、そうでしたね!カッコいい?…です。」

「ははっ!ところで大福ちゃんはどこに行くの?」

 今度はちょっとムッとしている。この前とおんなじ、怒った大福ちゃんだ。

「あの、先輩、…藤川です。今、佐々野委員長に用があって、体育館に行ってきた帰りです。」

 おっ、佐々野はもう体育館にいるのか。

「そうなんだ。大福ちゃんって呼ぶの、怒ってるの?」

 怒っているというより、ふてくされている感じだけど。

「なんで先輩方は、みんなあだ名をつけるんでしょう?」

「そうなの?だって、ぷにぷにしてて美味しそうだから?」

 そう言って、大福ちゃんの両方のほっぺたを手で触ってみる。

 想像以上に柔らかい。指先でむにむにしているのがかわいい。

「わー!やらかい!大福ちゃん、やらかい!」

「ちょっと…先輩、なんなんですか…!」

 そう言いながらも、無理に避けることはせず、むしろちょっと呆れている。

 でも、廊下を通り過ぎる生徒が見ていくのは、ちょっと恥ずかしいみたいだ。

「あ、そうだ。」

「…?」

 大福ちゃんが不思議そうな顔をする。

 俺は、親指と人差し指を大福ちゃんのほっぺたに押し付けて、指先で丸を作る。

 親指と人差し指で作った丸の中に、大福ちゃんのほっぺたの肉がムニっと盛り上がって、お団子のようになった。

「ほら、今度はお団子みたいになったよ!美味しそう。」

「お団子って…」

 ムッとして呆れながらも、まだ、されるがままだ。

「お団子ちゃん、いただきまーす!」

 少し身を屈めて、大福ちゃんのお団子を食べる真似をしてみる。

「…!?ちょっと、せんぱ…」

 期待通りに慌てているところが、からかい甲斐がある。

「恭平、なにしてんだ」

 突然名前を呼ばれて、声の方に向くと、和己と有川がこちらに歩いてきた。

「和己―。お前こそ、何怖い顔してんだよー。2人とも見て見て!お団子ー。」

 俺はもう一度、大福ちゃんのほっぺたでお団子を作って見せた。

 今度は、さっきより少し警戒しているみたいだ。

「こら、恭平。勝手に女の子の顔に触っちゃダメだろーが。」

 有川が呆れている。

「だって美味しそうで。もう一回、いただきまーす!」

 改めて、食べる真似をしてみる。

 その途端、近くまで来ていた和己に、右手で口を塞がれた。

「俺が食う。」

 和己は大福ちゃんの後ろの窓に左手をつき、お団子に顔を近づける。

 俺の手に和己の唇がつきそうになる瞬間、慌てて大福ちゃんのほっぺたから手を離す。

「おいー。俺の手まで食うな!」

「ふはっ!食ってねーだろ。」

…?

 さっき、はずみで和己の唇が大福ちゃんに触れたような…?

「恭平、お前は察しが悪いな。…先行ってよーぜ。」

 有川が俺の肩を叩いて、体育館に促す。

「またねー。お団子ちゃん!」

 あとには機嫌が良さそうな和己と、イチゴ大福みたいにうっすらピンクになっている大福ちゃんが残っていた。

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