第2話 先輩

 中学校生活にも慣れてきた、ある日の放課後。

 今日は教室の掃除当番だった。掃除用具を片付けていると、同じ班の川崎さんに話しかけられた。

「藤川さん、ごめん!今日ゴミ捨ての係なんだけど、場所がよく分からなくて…。藤川さん、先週当番だったみたいだから場所を教えてくれない?」

 ゴミ捨て場は1階の、西棟に繋がる渡り廊下の向こうにある。渡り廊下は中庭にも出られるようになっていて、ゴミ捨て場はその反対側だ。

 図書室が西棟の方にあるので、私にはもう慣れた道だけど、初めて行くには分かりにくいかな?

「こっちもう終わったし、良いよ。一緒に行こう。」

 川崎さんと二人でゴミ箱を持って、渡り廊下に向かう。

 近くまで行くと、渡り廊下に生徒が何人か集まっているみたいだ。

 よく見ると、3年生の男子が二人、廊下の左右から脚を伸ばして廊下を塞いでいる。

 その手前に、2年生の男子が一人、私達と同じようにゴミ箱をもって立ち尽くしているみたいだ。

 中庭に何人かの3年生がいて、その様子を見ている。

「あそこなんだけど、何してるんだろうねー?」

 私が指で方向を示すと、川崎さんがそちらを見て立ち止まる。

「あっ!あれ、怖い3年生のグループだよ!2年生が絡まれてる!」

「そうなの?」

 確かによく見ると、髪色が明るかったり、制服を着崩していたりしているみたいだ。

 何より、背が高いので迫力がある。

「でも、あの渡り廊下の向こうなんだよね。行ってみよっか。」

 ゴミ箱を引っ張りながら行こうとすると、川崎さんがぶんぶんと頭を振る。

「やだやだやだ!絶対ヤダ!怖いじゃん!ちょっと待たない?」

 うーん。今日は委員会の申し込みと部活の申し込み行きたいからなー。

「わかった。じゃあ、私が行ってくるよ。場所はここで見てれば分かるから。」

「えっ!?大丈夫…?」

 川崎さんが心配して聞く。

「大丈夫、大丈夫!」

 私はゴミ箱を一人で持ち直し、ふぅっと一息つくと、渡り廊下に向かって歩き出した。

 渡り廊下の出てすぐのところに、2年生が動けずにいる。

 その横を通り過ぎ、脚を伸ばしている先輩二人の前に出る。

 一人は少し明るめの髪色で、柔らかそうにうねった髪を後ろに流している。ちょっと2ブロックになっていて涼しそう。

 笑うと目が無くなって、八重歯が見える。可愛くも見えるんだけど、長身で勢いを感じるタイプなので、八重歯が牙に見えなくもない。

 もう一人は涼しげな切れ長の目に、針のようなサラサラの黒髪が相まって、とてもシャープな印象になっている。こちらも長身なので二人揃っていると威圧感はある。

「先輩、ごみを捨てに行きたいので通してください。」

 まずは、二人に向かってお願いしてみた。

「うわー。ちっちゃいねー。1年生?」

 これは黒髪の先輩。

「本当に!白くて丸くて大福みたい!」

 これは八重歯の先輩。

 私は思わず、ムッとする。

「あ、大福ちゃんが怒ったー!かわいい!」

「良いね、おもしれー。」

 むむむ…。

「先輩、通してください。」

 もう一度言う。

「大福ちゃん、通って良いよ。俺たちの脚を越えられたらね!」

 むっ。そういわれても二人分の脚は越えられない。

…高いし。

「やってみ、やってみ!」

 黒髪の先輩が手招きするので、近くまで寄ってみる。

 脚、上がるかな?うーん。

「ぷはっ。大福ちゃんの腰の位置より、俺たちの脚の方が高いんだから無理だって。」

 むっ!

「じゃあ、体で乗り上げます。」

 どかないと、重い体で乗っちゃうぞ!

「ぷははっ!」

「じゃあ、俺が大福ちゃんを抱きとめてあげるよ!」

「…!?な、なに言ってるんですか!」

 そういうのは慣れていないので、つい赤くなってしまう。

「あ、照れてるー!」

「もう、先輩、そろそろ通してください。」

「はいはい。大福ちゃんが怒ってるからどいてあげる。どーぞ!」

 そう言うと、やっと二人は笑いながら脚を下ろしてくれた。

「ありがとうございます。」

 私はそう言うと、一度、後ろを振り返った。

2年生の先輩が戸惑っている。

「先輩、道が開きました。行きましょう。」

 声を掛けてから、ゴミ捨て場に向かった。


 ゴミを捨てて、また川崎さんのいる廊下に戻ると、川崎さんが驚いていた。

「藤川さん、すごく勇気あるんだねー!」

 大したことしていないので、照れる。

「そんなに怖くなかったよ。冗談ばっかり言ってて。」

「いやいや、怖いって!あの雰囲気で自分から話しかけになんて行けない!」

 川崎さんはお兄さんが2年生にいて、目立つ3年生の話などをお兄さんから聞いているみたいで、さっきの先輩達の事を教えてくれた。

 八重歯の方は今井恭平先輩で、バスケ部の部長。黒髪の方は有川樹先輩で、やっぱり同じバスケ部。

 よくは見なかったけど、中庭には他に三人の先輩がいた。その中に小石川和己先輩という人がいたらしく、その人が怖いんだとか。

 明るい髪にピアスが6つ。目が冷たくてあちこちでケンカしている。

 まさに絵に描いたような不良。…みたいなイメージ。

 うーん。確かにいたような?あの人の事かなー?

 そんなに怖くなさそうに見えた気がするけどな?


 教室に戻ると、しおりちゃんと友香ちゃんが待っていた。

「おかえりー。遅かったねー。」

 しおりちゃんが私に気付いて手を振る。

「ゴミ捨てる場所、ちょっと遠いよね。お疲れ様。」

 友香ちゃんが何か書いていた手を止めて、こっちを見た。

「うん。友香ちゃん、何書いてるの?」

「これは、入部届だよ。藤川さんは部活決まった?」

 あ、そうだ、私も書かなきゃ。

「私はテニス部にしようかと。友香ちゃんは何部なの?」

「へー、テニス部なんだ!私は手芸部。」

「えっ!お裁縫とか得意なの?すごいなー!」

 友香ちゃんがちょっと照れる。

「得意と言うか、まだまだ下手だけど作りたいものあるし、好きかな。」

 不器用だから羨ましい!しかし、作りたいものとはもしかして…?

「しおりちゃんは決まったの?」

 今度は友香ちゃんがしおりちゃんに聞く。

「私は美術部かなー?運動得意じゃないし。」

 しおりちゃんが美術部!モデルになりそう!

「しおりちゃん、絵を描くの好きなの?」

「好きというか、もっと上手く描けるようになりたいなー。って思うかなー?」

 絵が描ける人も羨ましい!

「ねえ、ところでさー、藤川さんて小学生の時『ポチ』って呼ばれてたのー?」

 しおりちゃんに聞かれて、ちょっとドキッとする。

『ポチ』は、いじめられっ子だった時の、象徴みたいなものだから、隠しておきたい。

 でも、同じ小学校から来てる子が多いから、いずれバレることなんだけどね。

 …やっぱりダメかー。

 この二人とは仲良くなりたかったから、…嫌だな。

「…うん。」

 下を向いて答える。

「良いねー!かわいい!ポチって、小さい物って意味でしょ?私もポチって呼んでいい?」

 え?…かわいい?

「本当。かわいい。私も呼びたい。可愛がりたい名前よね。」

 違うよ…、全然、かわいくない。

「あの、語源はちょっと違ってて…」

 あとで違ったってなると、もっとツライ。

 ちゃんと説明しようとすると、二人が私に話をさせないように言う。

「私は、藤川さんともっと仲良くなりたいし、良いでしょ?」

「語源なんて関係ないよ。私たちがかわいいって思ってるんだから。」

 あれ?もしかして、二人とも知ってる…のかな?

「最初の意味なんて関係ないよー。その名前も、藤川さん本人もかわいいんだから、それで良いでしょ?」

「語源はこれから塗り替えていけばいいしね。人は意外とそんなのすぐ忘れるし。」

 隠しても、ばれないように人を避けても、結局『ポチ』というあだ名はついてくる。

 だから、知ってて、二人は『ポチ』を良い名前に変えようとしてくれているんだ。

「…うん。」

 思わず泣いてしまった私を、二人が抱きしめて隠してくれた。


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