それが、好きってこと

空見 れい

第1話 出会い

 中学校に入学して3日目。

 夕暮れ時に、通学路から少し離れた道を、クラスメートの男の子に手を引かれて走っている。

 それはもう全力疾走で!!

 夢中で走りながら見ていたのは、大きな背中と、つながれた手。

 これが、ハチと仲良くなるきっかけだった。


 事の始まりは昼休み。

 最初にできた友達、席順で私の前の席の天澤しおりちゃんと、私の後ろの席の新田友香ちゃんの3人で話をしていた時の事だった。

「制服はブレザーが良かったなー。セーラーって子供っぽく見えない?」

 これはしおりちゃん。しおりちゃんは背が高くて、顔立ちがハッキリしていて大人っぽい。髪はサラサラのロングで、普段はキリっと結い上げていてカッコいい。

 ブレザーも似合うんだろうなー!

 見た目は大人っぽいのに、話し方はのんびりしててかわいい。

「ブレザーは高校に行けば着られるから、セーラーが着られるのはありがたい。」

 これは友香ちゃん。友香ちゃんはアニメや漫画が好きで、コスプレに興味があるんだとか。

 キチンとしていて、成績も優秀。先生に信頼されるタイプ。肩までのサラサラの黒髪は日本人形のようで、普段は眼鏡で隠れてるけど、実はまつ毛が長くて目がパッチリしている。

 コスプレ…いつか見てみたい。


 私はと言えば、身長142cm。体重48㎏。友香ちゃんより少し短いショートボブなんだけど、癖っ毛でふわふわしちゃって、なかなか髪型が決まらない。小学生の頃からぽっちゃりとしていた体型は、中学生になったからと言って急に大人っぽくなることはないけど、初めてのセーラー服は少し大人になったようで嬉しい。

「オシャレの仕方が分からない私には、毎日着るものが決められているのはとても助かるなー。」


 3人で話していると、他のクラスから同じ小学校出身の天王寺久志が私達がいる3組に来た。

 天王寺は小学校時代のイジメっこ。ずっと野球をしているので髪は短くて、切れ長の目が際立って見える。見た目も態度もちょっと威圧的。

 さんざん容姿の事でからかわれたり、馬鹿にされたりした。

 訳も分からず叩かれたり、服を引っ張られたりしたこともあった。

 その頃からぽっちゃりはコンプレックスで、友達との関わり方もよくわからなくなった。

 ぽっちゃりは自覚しているし、言われても返す言葉もないけど、それ以外に特に人に迷惑をかけている覚えはない。だから、特別いじけて暗くなることはなかったんだけど、何となく「いじめられてる子」っていうだけで周りの対応は変わってくる。こちらから話しかけに行くのは何だか迷惑かも?って思うと申し訳なくて、自分からは距離を置いてしまうようになった。

 それでも話しかけてくれる友達とは普通に話して、私を避けようとしているクラスメートとは当たり障りなく、できるだけ関わらず。

 それが私の小学校生活。


 なんとなく、2人に迷惑がかかる気がして、席を立って廊下に出る。

「ポチ、このクラスだったんだな~!」

 【ポチ】というのは小学校時代の私のあだ名だ。ぽっちゃりを縮めて【ポチ】。

 ちなみに私の名前は藤川奈々子だ。

 もちろんポチというあだ名もコンプレックスの一つ。何となくイメージが悪くて、

 新しい友達にはあまり知られたくないと思う。

 天王寺はもちろんそんなことには気づかず、どんどん話しかけてくる。

「ポチと友達になる奴なんているの?」

「ポチ、制服似合わねーな。」

 あんまりポチって呼ばないで…。という気持ちと、無神経な言葉をどんどん投げつけてくる天王寺の勢いに押されて、うつむいいたまま返事が出来ない。

「だいたいポチはさー…」

 また何か言いかけた天王寺の言葉が、途中で途切れる。

 不思議に思って顔を上げると、誰かが天王寺の肩を掴んでいる。

 ビックリした天王寺が振り返ると、そこには同じクラスの男の子が立っていた。

 これは確か…西谷君だ。短くスッキリとした髪と、意志の強そうな太い眉の下に、ちょっと眠そうな奥二重が全体的にシャープな印象に柔らかさをプラスしている。

 西谷君が、小柄な天王寺を見下ろす。

「お前どこのクラス?わざわざ別のクラスまでからかいに来たの?」

 ちょっとイライラしたように声をかける。

「なんだよ!関係ねーだろ!」

 分が悪いと思いつつ、天王寺が勢いで言葉を返す。

「次の授業始まるぞ。自分の教室に帰れよ。」

 淡々と西谷君が言うと、ちょうどチャイムが鳴った。

「ふんっ」

 機嫌悪そうに天王寺は自分の教室に帰っていった。

 ありがとう。って言おうとした私に、

「あんなの気にすんなよ。」

と言って、そのまま西谷君は自分の席に戻っていった。

 そのまま最後の授業が始まり、そわそわしながら授業が終わるのを待っていたのだけど、お礼を言う間もなく西谷君は授業が終わるとすぐに教室から出て行ってしまった。

 最後の授業の後には終学活と掃除があるんだけど、今日は早退なのかな?

 明日はお礼が言いたい。


 放課後___。

 今週と来週の放課後は部活と委員会を決めるため、各自で部活見学や体験入部をしたり、委員会の仕事の掲示などを見に行く。

 運動部と文化部をいくつか見て回る。興味があるのは運動部かな?運動は苦手だけど、中学校ではチャレンジしてみたい。

 今日、見学したバスケ部はカッコ良かったけど、あの速さについていけるようになるんだろうか?早いといえば卓球部も動きが早かったなー!

 陸上部の人たちは身体がスッキリしていて、動きが軽そうだったな。

 明日はテニス部とか見たいな。部活はゆっくり考えよう。

 委員会は基本的に強制ではないのだけど、私はもう決めている。

 昇降口前の廊下に張り出してある、各委員会の掲示の中から、まっすぐに図書委員会の掲示を目指す。

 書いてある内容は、貸し出しなどの基本的な仕事のほか、季節ごとにいろんなイベントも行っているみたいだ。

 この中学校の図書室はとても広いので有名で、西棟の2階と3階はほとんどが図書室で占められている。と、言っても、3階の方は自習室がメインで、古い蔵書がしまわれている書庫と司書室なんかがある。

 2階が図書室で、貸し出しカウンターや読書スペースの他はたくさんの本棚が並んでいる。

 ちょっとした市立図書館くらいの蔵書数だと聞いた。

 うん。これから図書室に行ってみよう。



 図書室に行ってみると、あまりにも本が多くて、あちこち見て回ったり気になった本を手に取ったりしているうちに、気が付いたらもうすぐ下校時間だ。

 そろそろ帰らなくちゃ!

 慌てて昇降口に向かい学校を出る。4月とは言え17時を過ぎると薄暗くなってくる。

 家に向かう帰り道には、あまり民家や商店が無いので、普段から学生以外はあまり歩いていない。

 途中に小学校や公園があるけど、この時間ではもう遊んでいる子供はいない。

 今日借りた本の事を考えながら歩いていると、小学校を過ぎてしばらくした辺りで、後ろから走ってきた車が、私の横で止まった。

 車のウィンドウが下りて、助手席の後ろに乗っている男の人が話しかけてくる。

「この辺に小学校があると思うんだけど、知ってますか?」

 乗っているのは2人。運転しているのも男の人みたいだ。

 小学校ならさっき通り過ぎたばかりだ。指を差しながら答える。

「南小ですか?あっちの方にしばらく行くと、すぐにありますよ。」

…あれ?そういえば、なんで助手席に乗らないんだろ?

「あっ。そうなんだ!ちょっとこの辺よくわからないからさー。一緒に乗って行ってくれない?」

 助手席の後ろに座っている男の人が、ニコニコしながら答える。

 ここまで言われてやっと気づいた。これ…ダメなヤツだ!!!

 知らない人について行ってはいけません!逃げなきゃ!!

「あの…急いでるんで…」

 車から離れようとすると、助手席の男の人に右手を掴まれた。

「すぐそこなんでしょ?またここまで送ってくるから。ね?」

 やだ!どうする!?

 笑顔とは裏腹に、手を掴んでいる力は強い。振り切れそうにない!

「乗って、乗って。」

 車のドアが開く。その瞬間、ほんの少しだけ腕を掴まれていた力が緩んだように感じた。

 その瞬間___。 

 そのタイミングを待っていたかのように、走ってきた人影が車と私の間に体をねじ込む。

 開きかけていたドアが閉まり、驚いた車の男が手を放すと、その人影は背中で私を庇いながら少し後ろに下がる。

「誘拐は犯罪ですよ。」

 車に向かってはっきりと言い放った人影は、なんと西谷君だ!

「道を聞いてただけさ。」「だったら大人に聞いてください。」

 相手をしっかりと見据えて話を続けながらまた少し下がる。

…と、思ったら今度は西谷君が私の手を掴んで走り出す。

「車の進行方向と逆に走るぞ!」

「う、うん!」

 人生で初めて!って、くらいの全力疾走!!

 車から離れて、しばらく走ったところで急に路地に曲がる。こうなってくると薄暗いのがかえって都合がいい。

 路地から少し顔を出して、西谷君が様子を伺う。

「もう大丈夫だな。」

 肩が大きく動いて、西谷君がホッとしたのが伝わってくる。

 どうやらさっきの車は、そのまま進行方向に向かって行ってしまったらしい。

「危なかったなー。」

「西谷君、ありがとう。今日は2回も助けてくれて。やっとお礼が言えたよ。」

 ちょっと予定とは…、いや、だいぶ違ったけど、今日のうちにお礼が言えたのは良かった。

 すると今度はちょっと驚いたようで、

「2回?…あー!同じクラスの!…ははっ!よく絡まれるヤツだなー!」

 笑ったの初めて見たけど、こんなに爆笑するとは…。つられて私も笑いだす。

 緊張が解けたら、まだ左手を掴まれたままだったことに気が付いた。

「あっ、ごめん。痛くなかった?」

「大丈夫。」

「手首…ちょっと赤くなってる!ごめん!」

 困ったような顔で手を見る。右手の手首が、人の手の形を残すように赤くなっている。

「あ…これは違う。こっちは車の男の人に…掴まれた方だから。」

 言いながら、左手で右手の手首を隠す。

「痛くない?…こんなの怖かったよな…。とりあえず送っていくよ。それとも家の人に迎えに来てもらう?」

「…家には迎えに来られる人がいないから。西谷君も学区が違ったから、家…遠いでしょ?今度は気を付けて帰るから、大丈夫だよ。」

 もう暗いし。西谷君の家の人も心配するし。これ以上お世話になるわけには…。

 走ろう。明るい道を選んで、走って帰ろう。うん。

 すると、西谷君が私の顔を覗き込んできた。

「なんで頼ってくれないの?」

「えっ?」

 暗くてよくわからないけど、不思議そうな…ちょっと寂しそうな顔をしている。

「こういう時くらい頼れば?…家どっち?」

 頼って、良いのかな?…でも、今度は素直に聞き入れることにした。

「あっち。」

 指をさした方向に一緒に歩きだす。あたりはもう真っ暗だ。



 次の日から自然と西谷君と話すようになった。

 昨日の事があったので心配だと、今日も一緒に帰ってくれている。

 ちなみに昨日あったことは、私の名前を伏せて、西谷君が先生に報告してくれた。

 よく考えれば、私以外にもまた被害が出るかもしれないので、西谷君の機転に素直に感謝した。

あの場所にいたのは、近くの病院にいるお母さんのお見舞いの帰りで、昨日はそのために少し早めに学校を出たらしい。

「俺が小3の時から入院しててさ、病院にはよく行くんだ。家とは方向が違うんだけど、そんなに遠くないしね。」

 と、いうことは、もう3年も入院しているということだ。

「そっか。…お母さん、早く帰ってくると良いね。」

「うん。食事も姉貴と2人で作ってるんだけどさー。なかなか思うような味にならなくてさー。」

「えっ?お料理できるの?すごいなあ。」

「まだそんなにできないけど、父親の帰りも遅いし、何でも自分でやってるよ。お前は?料理とかしないの?」

「お湯沸かすくらいしか…。」

「ははっ!それは料理じゃねーなー。…そう言えば、藤川は下の名前は何だっけ?」

「奈々子。西谷君は…。」

「八尋。八に尋ねるで『やひろ』」

「あれ?7と8で数字が並んだね。」

「そういえばそうだな!じゃあ、俺はナナって呼ぶよ。」

「じゃあ、私はハチって呼ぶね。」

 なぜだか分からないけど、ハチとはあっという間に仲良くなった。

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