第9話 トラウマ

 もうすぐ体育祭。

 だんだん気温も上がってきた頃。ナナに不思議なことが起きた。

 移動教室の為、廊下に出ようとしたナナと、後ろを向いて廊下を走ってきた、他のクラスの男子生徒がぶつかりそうになった。

 直前で気付いた相手が、体を止めようとして、とっさに前に出した手が、ナナの右手の手首を掴んだ。

 ナナは一瞬、ビクッとして、何か困ったような顔になったかと思うと、そのまま倒れた。

「ナナ!」

 俺はビックリして、急いでナナに駆け寄る。

「ご、ごめん!大丈夫?!ぶつかっては無いと思うんだけど…」

 走ってきた男子生徒は、慌ててナナに謝るけど、本人は意識が無い。

「あ、うん。見てたよ。ぶつかりはしてないけど…ビックリしたのかな?俺が保健室連れてくから。」

 その、男子生徒に言うと、ナナを抱えて保健室に運んだ。


 保健室の先生によると、貧血とのことだった。

 体育祭の練習などで、疲れていたのかな?とも言っていた。

 休ませておけば大丈夫だと言われたので、一度授業に戻り、休憩時間に新田と天澤を連れて保健室に行った。

 保健室に着くと、ナナは目を覚ましていた。

「ナナ、具合どう?」

「もう大丈夫。」

「ポチ、どうしたの?練習で疲れてる?」

 新田が心配そうに聞く。

「そうかな?ふふっ、張り切り過ぎた?」

 ナナは笑顔を見せたけど、ちょっと力が無い。

「もう!心配したよー!倒れるとか!全然、授業に集中できなかったよー!」

「しおりちゃんが、理科の実験で集中出来ないのはいつもの事でしょ?」

 天澤が新田に突っ込まれている。

「うん。ごめん。気を付けるね。…あの相手の男の子は?ビックリさせたよね。大丈夫だったかなー。」

 ナナは自分の方が倒れたのに、相手の心配をしている。

「ああ、走ってたのは向こうが悪いけど、ぶつかってないのは俺も見てたから。後で一応、大丈夫だったって伝えておくよ。」

「ハチ、ありがとう。」

 ナナがホッとした様子で言った。

 本当に疲れているだけなのかな?なら、とりあえずは大丈夫なのか?


 次の日、ナナはもうすっかり元気になっていて、ひとまず安心した。

 でもその後、すぐにおかしなことに気が付いた。

 ナナは、体育祭の練習などで人との距離が近くなると、ちょっと緊張している。

…と、言うか、人の手がナナの手に近づくと緊張しているように見える。

 何か物を渡す時や、隣に並ぶ時、ちょっとびっくりして右手を隠している。

 これは、もしかして…?


 その日の帰り、少し寄り道して、学校の近くの堤防に来た。

 ここは川沿いの堤防で、港の方に出る手前まで散歩コースが続いている。

 車が乗り入れない道なので、散歩やランニングの人が多く、春には桜並木がキレイだった。

 途中にベンチや東屋があって、ゆっくり話すには良い。

 その中の一つのベンチに座って、ナナに聞いてみる。

「ナナ、手首どうかした?」

 ビックリした顔でこっちを見る。

「何で?」

「見てれば分かるよ。人を避けてるだろ?」

 ナナが右手を見て、少し考える。

「…何かね。違うかもしれないけど、誰かに右手を触られるのがちょっと怖いみたい。」

 ナナにもよく分からないのか?

「ハチとか…たぶん女の子は大丈夫なんだけど、この前倒れてから、男の子が近くにいるのが怖いような気がする。」

 話しながら、自分でも何かを確認しているみたいだ。

「あ、でも、近くにというよりは、やっぱり右手の近くに気配を感じるのがダメかな?普通に廊下ですれ違ったり、教室で話したりするのは大丈夫だし。あの倒れた時も、最初はビックリしただけなんだけど、掴まれた手首が急に気持ち悪くなっちゃって…。」

「あの時の…車の男に掴まれた時の事が原因なのか?」

 ナナの手首に男の手の形が残って、赤くなっていたのを思い出す。

「分からないけど…今思うと、確かにあの後からちょっと変だったかも?…でも、よくわかんない。」

 くそ…!あの時もっと早く助けていれば!

「なんでかな…?」

 ナナが自分の右手を不思議そうに見ている。

 これは…トラウマって言うヤツなのか?

 俺もよくは分からないけど、体や心に強い衝撃を受けた時に出来る…こころの傷?

 それを思い出させるような事などを回避しようとして、反応が起こるって言う…。

「ナナ。俺にできることあるかな?」

 また、ナナが何かを考える。ゆっくりと考えた後、こっちを向いて笑った。

「…じゃあ、また話を聞いてくれる?ハチと話してたら、楽になってきた。」

 この笑顔を無くしちゃダメだ。

「俺にできることなら何でもするよ!」

 またナナが笑う。

「ふふっ。ハチは今日、私が怖がらないように、外で話を聞いてくれたんでしょー?ハチなら大丈夫なのに。だって…」

 ナナが左手で俺の右手を取る。

「一緒に走って逃げたでしょ?」

「ははっ、じゃあ、また何かあったら一緒に逃げようぜ。」





 昼休み___。

 ポチが私と友香ちゃんに、手首の事と、あの事件の話を教えてくれた。

 入学式のすぐあとの頃、担任から不審者に注意するように言われた。あれの   当事者がポチだったなんて…。全然わかんなかったな…。

 普通の男子に手を掴まれて倒れるなんて…その事件がよっぽど怖かったんだね。

 友香ちゃんも話を聞きながら、ちょっと涙目になっていた。

 友香ちゃんは、普段は冷静で淡々としているんだけど、本当は優しくて情が深い。

 ポチが倒れた時も、心配して泣きそうになっていた。

 ポチが西谷と仲が良いのも納得できた。

 西谷はもともと、そんなに人となれ合うタイプではなかったから、接点のなさそうなポチと仲が良いのには違和感があったんだよねー。

 でもこれがきっかけで、私達とも一緒に過ごす機会が自然と増えた。

 西谷、良いヤツじゃん!少女漫画の王子様みたい!

 ポチは西谷の事好きなのかなー?

 西谷は絶対、ポチの事が好き!

 あの2人が付き合ってくれれば、ボディーガードにもなるし、安心なんだけどー?

 そう言えば、最近は3年生の小石川先輩が、よくポチを訪ねてくる。

 先輩もポチの事好きなのかなー?

 少女漫画が好きだから、何でも恋バナにつなげてしまう!

…なーんて、思ってたら、今日も先輩が来たみたい。

 いいなー。青春だなー。

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