第10話 好きな人
「ふーちゃん!」
いつものように、小石川先輩がうちのクラスに来た。
この前、倒れたからどうかな?と、思ったけど、先輩が近くに来ても特に怖さは感じなかった。
ハチやしおりちゃん、友香ちゃんに話を聞いてもらったからかな?
「小石川先輩。こんにちは。」
「ふーちゃん!倒れたんだって?大丈夫?」
情報が早い。
「貧血だったみたいです。」
「もう大丈夫?困ってない?」
小石川先輩、心配してくれてたんだ。優しいなー。
「もう大丈夫です。困っていることは…体力が無くて。」
「…体力?」
小石川先輩が不思議そうな顔をする。
「走るのが苦手で…もうすぐ体育祭もあるし、テニス部の練習もついて行くのが精いっぱいで。先輩は陸上部なので、走るコツとか
ありますか?」
ふと、見ると、なぜか小石川先輩の顔が満面の笑みになっている。
「やった!やっと、ふーちゃんが頼ってくれたね。ふーちゃん、今日の放課後は委員会?」
「今日は部活です。」
「よし、任せて!一緒に走ろー。」
ん?小石川先輩と…走る!?
「先輩!一緒になんて走れませんよ!ついて行けないです!」
慌てて返事をしたものの、小石川先輩はそれを聞いてないかのように、
「じゃあ、今日の放課後からね!三沢には俺が言っとくから。放課後、迎えに来るねー。」
そう言って、あっという間に行ってしまった。
…せんぱーい?
放課後、本当に小石川先輩が迎えに来た。
「ふーちゃん来たよー。」
授業が終わるとすぐに来たみたいで、こっちがまだ準備できてない。
「先輩っ?早かったですね。」
慌てて、小石川先輩のいる教室の入り口まで来た。
「三沢には、しばらく部活動のある日は、俺が、ふーちゃんのトレーニングするって言っておいたからね!」
…???
「ふーちゃんの専属コーチだよ!行こー!」
小石川先輩の勢いに押されて、これはもう…行くしかない。
「は、はい!よろしくお願いします!」
ひとまず、部室で着替えて外に出る。
「学校の周りを走ってみようか。ちゃんと歩道と車道が分かれているし、ぐるっと1周できるようになってるんだよ。」
小石川先輩がニコニコして言う。
「はい。ついて行きます。」
「うん。じゃあ行くよ。」
先輩がゆっくりと走り出す。
ついて行くことができるか不安だったんだけど、小石川先輩の走るペースはかなり遅い。
むしろ、私が焦って速く走ろうとすると、
「ふーちゃん、ペースが速いよ?」
と、言われてしまう。
「先輩、こんなにゆっくりで、逆に先輩は辛くないですか?」
気を遣って、ゆっくり走ってくれてるのかな?
「ふーちゃん、これで良いんだよ。2人で話しながら走れるペースで。最初から頑張りすぎてペースを上げるとケガするし、走るのも嫌いになっちゃうでしょ?ふーちゃんはもともと運動をしてきた方じゃないし、このくらいでいい。」
へー。そうなんだ。
「息が上がるくらい走ってました。このくらいなら楽しいです。」
笑顔で走れるペース。これでいいんだ。
「でしょでしょ?俺もふーちゃんとたくさん話せて嬉しい。」
「…何言ってるんですか。」
ふと、小石川先輩の方を見ると、髪がサラサラ揺れている。あれ?
「先輩、髪染めました?」
ちょっと色が暗くなっている。
「あ、気付いたー?染めたんだけど、傷んでるからすぐ色が抜けそう。」
小石川先輩が、毛先をつまみながら言う。
「やっぱり、染めると傷むんですね。私もいつか染めてみたいです。」
そう言うと、意外そうな顔で見られた。
「ふーちゃんも、染めてみたいの?」
「はい、よく本の中に出てくる外国の女の子の髪色で、ブロンド?とか、赤毛とか、 実際どんな感じなのかなー?って。」
「…ははっ!そっちかー。でも、ふーちゃんの髪キレイだから、染めるともったいないかも?」
「…!そんなこと初めていわれました。」
「じゃあ、ふーちゃんの初めて、いただきだねー!」
「…!?」
小石川先輩と話しているのは楽しい。あっという間に、学校の周りを一周してしまった。
「ふーちゃん、大丈夫?疲れてない?」
「大丈夫です。というか、気持ち良いです。」
走った後なのに、この疲れがかえって気持ち良い。
こんなのは初めてだ。
「良かった。じゃあ、次もこのくらいで走ろうね。」
小石川先輩はやっぱりニコニコしている。
これで本当に不良だったのかなぁ?
先輩とストレッチをしていると、ハチが来た。
「ナナ。終わった?…小石川先輩、お疲れ様です。」
「西谷。お疲れー。」
小石川先輩が手を挙げて答える。
「うん。もう終わる。ハチ、お腹すいたー。」
本当にもう終わるところで、ペースはゆっくりだけど、たくさん走ったせいか、お腹がすいた。
「クッキーあるぞ。今日は焼き菓子だったから、特別に持ち帰りできた。」
クッキー!
「やったー。じゃあ、着替えてくる。先輩、ありがとうございました。」
小石川先輩の方に振り返って、お礼を言うと、先輩はちょっと複雑な顔をしていた。疲れたのかな?
「先輩…?」
「あ、うん。また走ろうね!お疲れー。」
小石川先輩はすぐ笑顔に戻り、行ってしまった。
なんだったんだろう?
次の日の放課後も小石川先輩が迎えに来て、また一緒に走った。
「昨日はお腹がすいちゃって、帰り道でお腹が鳴ってました。ハチが、クッキーは口の中の水分が持っていかれるから、家に帰ってから食べろって、おあずけになっちゃって。でも美味しかったです!」
昨日と同じ、話しながら走れるペース。
「そっかー。有酸素運動はお腹すくよね。」
今日も小石川先輩はニコニコしている。良かった。
「そういえば、小石川先輩はハチの事知ってたんですか?」
昨日、普通に名前を呼んでいた。
「浅井の後輩だからね。一緒にいるの見たことあるし。」
「あー!そうなんですね。浅井先輩のお料理が、本格的で勉強になるって、いつも言ってます!」
「ふーちゃんは、いつも西谷と帰ってるの?」
「そうですね。ほとんどハチと一緒です。」
あの事件からずっと、ハチと帰るのが当たり前になった。
「ふーん。付き合ってるとか?」
…!?
「ち、違います!健全なお友達ですよ!」
ビックリして慌てて答える。
「ふはっ…、健全って。そっかー。ふーちゃんは好きな人とかいないの?」
今日の小石川先輩は、おかしなことばかり聞く。これが思春期?
「…好きかな?って思う人はいます。」
まだ、よくわからないけど。
「えっ!…そうなんだ。誰―?」
「えっっ!?な、内緒ですよ!」
なんか、こういう話は恥ずかしい。慣れてないからかな?
動揺していると、隣を走っていた先輩の足が止まる。
「あれ?先輩?」
私も止まると、小石川先輩が目の前まで来て少し身を屈める。
「ダメ。教えて。」
笑ってない先輩の目が、すぐ目の前にあって逃げられない。
これは、答えなきゃダメか…。
「まだよく分からないんですけど、おなじテニス部の子です。」
剣崎君という1年生だ。
剣崎君に初めて会ったのは、あの事件の数日後、昇降口でハチを待っていた時の事。
先に外に出て待っていようと思って、下を向いて靴を履いていたら、近くでコトンと下駄箱の前に敷いてある、すのこが動いた。
誰か来た?目線だけ音のする方に向けると、男の子の内履きが目に入る。
名前は『剣崎』。ハチじゃなかったかー。
靴を履き終わって起き上がると、その剣崎君と目が合った。
その時の顔がとてもきれいで、一瞬、見惚れた。
今まで会ったことが無い、整った顔の男の子。それが第一印象だった。
次に会ったのは、部活の時だった。
同じ女子テニス部の1年生から、男子テニス部にすごくフォームがキレイな人がいるから、見に行こうと連れていかれた。
その時、コートでボールを追いかけていたのが、剣崎君だった。
本当にフォームがキレイで、長い手足が際立って見えた。
テニスが上手いとか下手とかじゃなくて、ただただ動きがキレイで、また見惚れた。
ただそれだけで、これが好きなのかはよく分からない。
だけど気にはなる。
それを先輩に伝えた。
「ふーん。剣崎君ね。そっかー。…行こっか。」
小石川先輩はそれ以上は聞かず、また走り出した。
…何だったんだろう。
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