第11話 気持ち

 西谷に、剣崎ね…。

 気に入らねー。

 ふーちゃんは、まだよく自分の気持ちが分かんないみたいだけど…気に入らね。

 俺、やっぱりふーちゃんの事…好きだよな。

 気になって仕方ない。

 だけど、ふーちゃんみたいに『いつ』『なんで』好きになったのか分からない。

 ………。

 あー…、もう。久しぶりに朝練でも行くか。

 少し早く学校へ行き、一人で走る。

 走っている間は気持ち良い。余計なものがそぎ落とされていくような気がするから。

 走って、走って、疲れて寝れば、その分、余計なことを考えずに済む。

 野球部の声や、バスケットボールの音が聞こえる。

 無音だと心の声が聞こえるから、このくらいの音が良い。

 何かを振り切るようにスピードを上げる。今日はこの速さが良い。

 …?誰か走っている。

 いつもは、朝練でここを走るのは俺くらいなんだけどな。

 あっという間に追いつくと、…ふーちゃんだ!

 まさか、ふーちゃんに会えると思ってなかったので、急に心が軽くなる。

「ふーちゃん?」

 声を掛けると、ふーちゃんが振り向く。

「あっ!先輩?おはようございます。」

 ちょっと驚いたのと、恥ずかしいのか?赤くなっている。

「どうしたの?朝、早いね。」

 赤くなったふーちゃんを見て、急にドキドキしてきたのを悟られないように、なるべく普通に聞く。

「今日の放課後は委員会で走れないので、朝のうちに走っておこうかと。せっかく小石川先輩に走り方を教わったので続けたいと思って。」

 ふーちゃんが照れながら、笑顔で答える。

 どうしよう…かわいい。

「そ、そうなんだ。頑張ってるね。…言ってくれれば、朝も付き合うのに。」

 ちょっと声が震えたかもしれない?カッコわりー…。

「そんな!とんでもないですよ!放課後だけでも申し訳ないのに。」

 ふーちゃん、まだ俺に気を遣ってるのか。

 もっと自然に、頼られるようになりたい。

 今日も、ふーちゃんと走る時間はあっという間だ。


 体育祭___。

 とてもいい天気で暑い日。

 小石川先輩と走るようになって、少し体力がついたみたいで、体がラク!

 走るのも好きになってきた。

 だけど何だか少しフラフラするような?暑いからかな?またお腹すいたのかな?

「ナナ。お疲れ。」

 競技の合間に、校舎の日陰でハチに会った。

「ハチもお疲れ。」

 ハチがこっちをじっと見る。

「ナナ、疲れてる?」

 あー、疲れてるのかな?

「お腹すいてるのかと思ったけど、疲れてるのかな?」

 心配そうに、ハチが覗き込む。

「ナナ…ちゃんとご飯食べてる?」

「…?食べてるよ?」

「普段、何食べてるんだ?」

 ん?食べている物…?

「朝はおにぎり食べた。」

「夜は?」

 昨日の夜は…何だっけ?

「えーっと…菓子パン。」

 ハチが不思議な顔をする。

「ナナ、それじゃあ全然栄養が足りないよ。最近、頻繁に走ってるし、そんなんじゃ倒れるぞ!」

 お、怒られた。そんなにダメかなぁ??

 体が重いから、むしろちょっと減らさないとかなー?と思ってたんだけど。


 薄々、感じてはいたけど、ナナの食生活はひどい。

 朝は、ご飯を炊いてあるけど、おかずは漬物くらい。

 たまに目玉焼きがあるみたいだけど。

 昼は、学校で給食。

 夜は、キッチンの戸棚に入っている、菓子パンやカップラーメン、お菓子が多いみたいだ。

 ナナは祖父母と3人で暮らしていて、祖父母は自営で商売をしているから、夕方は家にいないんだとか。

 仕事が忙しくて、食事を作っている暇が無いから、出来合いのお惣菜が置いてあることもあるみたいだ。

 小さい頃からカギっ子で、危ないから火を使ってはいけないと言われているので、料理もできない。料理はお湯を沸かすくらいと言っていたけど、それもきっと電気ケトルだ。

 たまになら良いけど、これが毎日の食事となると体に良い訳が無い。

 ナナはほどんど家族の話をしないし、兄弟姉妹もいない。家にいる時のナナは、どんな気持ちなんだろう?


 …それに、野菜はいつ食べてるんだ?

 やっぱり調理部に入って良かった。早速、浅井部長に相談してみることにした。

「食生活があまり良くなくて、野菜も取れてない人に良いおやつって無いですか?」

 浅井部長が不思議そうにしながらも、少し考えて答える。

「そうだなー。まずは普通の食生活を見直せと言いたいところだけど…野菜のスイーツ作ってみようか。」

「えっ?野菜がスイーツですか?」

「うん。時期にもよるけど、ホウレンソウ、にんじん、カボチャとかは使いやすいかな?あとはトマトも面白い。ケーキは定番だけど、ゼリーとかプリン、ババロアも良いし、野菜チップスとかも良いな。うん、よし。夏はちょっと野菜に注目して活動しようか。」

「はい!ありがとうございます!」

 やった!待ってろ!ナナ。



 体育祭も終わり、走るのにも慣れてきたので、普通に部活に戻ることになった。

「小石川にいじめられなかった?」

 三沢部長がからかうように言う。小石川先輩と仲良いのかな?

「はい。大丈夫です。小石川先輩のおかげで、ちょっと体力もついてきました。」

「そっか。良かった。藤川さんが倒れたって小石川が言ってたし、ちょっと練習きつかったかなって、反省してたんだ。今度は気を付けるね!」

 倒れたのはそのせいでは無かったんだけど、三沢部長はテニスがすごく好き過ぎて、つい熱中してしまうので、練習もハードになりやすいんだと小石川先輩も言っていた。

 三沢部長のテニスは、女の人だけど本当にカッコいい。あれだけ部活で練習した後にも、テニスクラブに通って、大人に混ざって練習しているらしい。

 それだけ練習しているから強いんだなー。早く少しでも追いつきたい!

 筋肉もキレイだなー!


 久しぶりの練習の為、女子のコートに向かう途中、男子テニス部のコートの前を通ると、ちょうど剣崎君が乱打をしていた。

 やっぱりキレイだなー。この前、小石川先輩に話してから、余計に気になってしまう。

 いつものようにまた見惚れていると、急に後ろから話し掛けられる。

「ふーちゃん。」

 振り返ると、そこには小石川先輩がいた。

「あ、先輩。お疲れ様です。」

 小石川先輩も剣崎君を見ている。

「ふーちゃん、あれが剣崎君かな?」

 バレた。分かり易すぎ。

「…はい。」

 小石川先輩の、あまり見たことが無い怖い顔。これが不良顔?

「ふーん。…今日からまたテニス部だね。また、きつかったら言ってね!たまには一緒に走ろうね!」

 あっという間にいつもの笑顔に戻り、小石川先輩は行ってしまった。

 まただ。…何だったんだろ?

 なんだか、小石川先輩が笑顔じゃないと不安になる。

 この気持ちも、なんなんだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る