第12話 夏休み

 ふーちゃんと一緒に走るの、楽しかったなー。

 でも、そろそろ部活に戻してあげないとだから仕方ない。

 もうすぐ夏休みだし、また、何か困ってないかなー?

 昼休み___。

 また、ふーちゃんの教室に行ってみる。

 教室の入り口で、西谷と会った。

「ふーちゃんは?」

「ナナは今、図書室に行ってて…、先輩、ちょっと良いですか?」

 ふーちゃんいないのか…。

「うん。何?」

 西谷と一緒に、屋上へ向かう階段の方に移動する。ここなら、ほとんど人が来ることは無い。

 踊り場につくと、西谷が話し出した。

「先輩はナナの味方みたいなんで、知っていて欲しいんですけど、ナナは右手首にトラウマがあって…。」

 入学式直後に、ふーちゃんに起こったことを初めて聞いた。

 ふーちゃんは明るいから、全然気が付かなかった。

 右手…触ってないよな。

「そうなんだ…。教えてくれてありがとう。だから、西谷はいつもふーちゃんと帰ってるの?」

「そうですね…初めはそうでした。今は、もう一緒にいるのが当たり前になってますけど。」

 西谷が少し嬉しそうに話す。また心がモヤモヤしてきた。

「西谷は…ふーちゃんが好きなの?」

 気になっていたことを聞いてみる。

「好きですよ。ナナも俺の事が好きです。だけど、恋愛の好きじゃないです。うまく説明できないですけど…大事な存在です。」

 西谷は淡々と答える。

 すごい自信だな…。でもとりあえず、今は『友人』でいるってことか。

「そっか…。」

 俺も、ふーちゃんに好きになって欲しい。

 もっと俺にできること、ないかなー?


 もうすぐ夏休み___。

 私は、ずっと気になっていることを確認することにした。

 目の前に座っている、ポチの背中に手を当てる。

「ひゃっ!どうしたの?友香ちゃん?」

 ポチがビックリして振り向いた。

 やっぱり。そうなのね。

「ポチ、ブラ付けてないでしょ?」

 ポチがあっという間に真っ赤になる。…リンゴっぽいな。

「友香ちゃん!ここ教室なんだけどっ!?…て言うか、つけるほど…無いし。」

 だんだん声が小さくなっていく。

 思うに、たぶんポチは一人っ子だし、ご両親も家にいないみたいだから、そういう事に無関心というか、気が付かないんだと思う。

「ポチ。まだ、あんまりないかもしれないけど、夏服は透けるからダメ。大きくなってからじゃ遅いから、買いに行こう!」

 確かに今は制服の下にシャツも着てるし、まだ小さいから目立たないけど、これは危うい。

 西谷も…目のやり場に困って、可哀そうでしょ。

「えっ?買いに?どこに?」

 ポチが戸惑っている。

「いつもはどこに行ってるの?…ああ、いい。一緒に行こう。しおりちゃんと3人でお買い物デートしよう!」

 ___日曜日。

 しおりちゃんも誘って、3人でショッピングモールに来た。

 ここなら何でもあるし、ウチの母が婦人服売り場で働いている。

 待ち合わせに来たポチは、なぜか制服を着ていた。

「あれっ?ポチ、なんで制服なの?」

 しおりちゃんが驚いた。もちろん私も。

「あの…着てくる服が無くて。」

 世の中には、これだけプチプラのアパレルが溢れかえっているのに、日曜日に遊びに来ていく服が無いとは…。

 このデリケートな問題に、どう突っ込んで良いのか分からず、こっちが言葉に詰まると、ポチが少しずつ説明してくれた。

 ポチの家は経済的に困難なわけではなく、お小遣いもちゃんともらっていた。

 ただ、自分で買い物に行く機会はなく、服も選んだことが無い。

 小学生までは、ポチのおばあちゃんが商店街で買ってきた服を、特に疑問に思わず着ていたけど、年頃になった最近は、恥ずかしくて着られないとのことだった。

「オッケー!じゃあ、ついでに服も買おうよ!ポチで着せ替えしたいー!」

「良いね!私たちがポチのコーディネーターになるよ。」

 ポチは戸惑っていたけど、嬉しそうだった。

「早速、このワンピース来てみてー!」

「次、こっちのスカートとトップスの組み合わせでお願い。」

 次々にいろんな服を着させてみる。

 最近、よく小石川先輩と走っていたせいか、ポチは痩せた。

 もう標準くらいなんじゃないかな?

 もともと、最初に会った時に思った通り、かわいい。痩せたら絶対に、もっとかわいくなると思ったけど、間違いなかった。

 しおりちゃんみたいに特別な美人とかではないけど、愛嬌がある。

 コスプレさせたいなー。もっとかわいくできるのに。

「ポチー!色が白いから、何着ても良いね!でも最初は使いやすい服が良いかなー?」

「あー。確かに。着回しできる感じが良いかも?また少しづつ買い足せば良いしね!」

 試着は結構疲れると思うんだけど、文句も言わずに次々と着替える。

 恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうだ。

 散々、着せ替えした結果、結局マネキン買いすることにした。

 トップス、スカートと長く使えそうな薄手のカーディガンで使いやすそうだったから。

 値段も安い。

 そのまま下着コーナーへ向かう。

 しおりちゃんは、もうすでに結構胸がある。

「こっちも可愛い!でもこういうのは、制服では透けるんだよねー。」

 レースがついているちょっと大人っぽいものを見て選んでいる。

 確かに、ドットの柄などがあっても透ける。

「やっぱり、無難にまずは白じゃない?つけてみなよ」

 ポチに言うとちょっと困っている。

「えっ?つけ方が…、分からない。」

 それを聞いて、しおりちゃんが怪しい笑顔でポチに近づく。

 手にはさっきのレースのブラを持っている。

「私がつけてあげようかー?」

 明らかにポチではサイズが合わない。

「えっ!?」

 ポチは大人っぽい下着に驚いて、真っ赤になっている。

「あははっ!照れてるー。かわいいー!」

 しおりちゃんはそんなポチで遊んで、楽しんでいる。

「あ、じゃあ、うちの母に見てもらおう。ちょっと呼んでくる。」

「あれ?友香ちゃんのお母さん、ここで働いてるの?」

 ポチが驚く。そういえば言ってなかった。

「うん。待ってて。」


 友香ちゃんがお母さんを連れてきた。

「しおりちゃん、奈々子ちゃん、いつも友香がお世話になってます。」

 優しそうで、友香ちゃんと同じ、黒髪サラサラ。

 メガネはしてなくて、目がパッチリしてて、お化粧が良く映える。

 たぶん、友香ちゃんもメガネを外して、お化粧をしたら、こんな感じになるんだ。

「よろしくお願いします。」

 私は挨拶をして、友香ちゃんのお母さんと一緒に試着室に入る。

 友香ちゃんのお母さん、良い匂いするな…。

「下着初めてなんだね。小さいって言ってたけど、これならもうブラはつけた方が良さそう。知らないうちに大きくなってると、周りの子がビックリしちゃうし。」

 そうなんだ。これくらいでしてもいいんだ。

「こうやってつけるんだけど…、あ、良いね。ピッタリ。どう?」

 初めて付けたので何だかくすぐったい。

 けど、なんとなく嬉しい。

「かわいいと思います。」

「うん。かわいい。初めてって嬉しいよね。あんまり色とか柄とかあると透けちゃうけど、こっちのワンポイントのもかわいいよ。」

 何種類か見立てて、つけてくれる。

 大人の女の人と、こうやって話したり、着るものを選んでもらうのは初めてなので、少し照れくさい。

 最後につけた、星のワンポイントがかわいかったので、それにした。

「うん。これが一番似合うみたい。下着デビューおめでとう。」

 優しいな…お母さんて、みんなこんな感じなのかな…?



 休日のショッピングモールで、セーラー服はちょっと目立つから、友香ちゃんのお 母さんのところで、ポチを今日買った服に着替えさせてもらった。

いやー。かわいいなー。

 女の子同士で、こうやって服選んだりするのも楽しー!

 さすがに、私たちが疲れてぐったりしていたのを見て、友香ちゃんのお母さんがクレープを買ってくれた。

 フードコートで、3人で並んでクレープを食べる。

 こういうのも初めてで、それだけで楽しい!

「せっかくかわいい服に着替えたから、誰かに見せたいねー!」

 この完成度は、誰かに見てほしい!

「えっ?誰に?」

 ポチは誰か見せたい人、いないのかな?

「やっぱり、西谷かな?たぶん喜ぶし。」

 友香ちゃんが言う。

「やっぱ、西谷かぁー。どこかに歩いてないかな?」

 きょろきょろして探してみる。

「え?い、いないでしょ?」

 ポチが動揺している、恥ずかしいのかなー?

「実際、どーなの?西谷とは?」

 聞きたかったことを聞いてみた。

「えっ?友達だよ!」

 友達にしては仲良過ぎない?

「ちょっと普通の友達よりは仲良く見えるけど、それは西谷が男だからそう感じるのかな?」

 友香ちゃんが意味深なことを言う。

「そういえば、剣崎はどうなの?」

 続けて、友香ちゃんが思い出したように言った。

「えっ?なになにー?剣崎って何?」

 その情報は初耳だ。剣崎は隣のクラスで、テニス部だったはず!

「えっ?友香ちゃん?なんで知ってるの?」

 ポチも、友香ちゃんに言ってなかった話みたいだ。

「西谷」

「えっ?なんでハチ?!」

 西谷にも言ってない話なんだ。

「ポチがよく剣崎を見てるから、好きなのかって聞かれたけど?西谷はポチをよく見てるから。」

「えっ!?えっ?」

 ポチはすっかり混乱している。

「なるほどねー!それで、どうなのー?剣崎は?」

 ポチが複雑な表情で何か考えている。まだ、すぐに答えが出ないような感じなのかな?

「なんか、よく分かんないけど、好き…かも?ちょっと良いなって…。」

 好きかもって…恋の始まり?

 友達の恋バナは嬉しい!自分まで嬉しくなっちゃうから!

「『かも』かー。」

 友香ちゃんは西谷の味方かな?今のところ、ポチを一番大事にしてくれそうなのは 西谷だしねー。

「じゃあ、小石川先輩はどーなのー?」

「えっ?い、良い先輩だよ?!」

 さらにポチが動揺し始めた。今日、一番動揺しているようにも見える。

 青春だなー。



 ___夏休み。

 部活も委員会もない日に、ナナが家に来た。

 そういえば、休みの日にナナが家に来るのは初めてかもしれない。

 今日は、ナナに野菜のスイーツを作ってあげたくて呼んだ。

 今日のナナは私服だ。これも初めて見た。

 なんか…雰囲気が違って調子が狂うな。

「野菜でもスイーツになるの?ハチ、すごいね!」

 俺が作っている横でナナが見ている。

 なんか…いつもより緊張する。

「ナナ、私服初めてだな。なんかいつもと違うから調子が狂う。」

 ナナが意外そうな顔をする。

「ハチ、そういう事に気がつくんだね!モテ男だ!」

「モテ男?」

 なんだそれは?

「ちゃんと、女の子の変化に気がつける人は、モテるんだって!」

 ナナがキラキラしながら言う。天澤の影響かな?

「ははっ。モテたことないけどな。ナナの変化だから気付いただけで。」

 ん?…この言い方はちょっと誤解を生むか?

 ナナも微妙な表情で黙ってしまった。

 しばらく、黙々と俺はお菓子を作り、ナナはそれを見ていたんだけど、沈黙に耐えかねたナナが口を開く。

「この服ね、しおりちゃんと友香ちゃんに選んでもらったんだ。」

 へー。

「3人で買い物でも行ってきたの?」

「うん。本当は他の目的で買い物に行ったんだけど、着ていく服が無くて制服で行ったら、急遽、服も買うことになって。2人がいろいろ服を選んでくれてさー。持ってきた服に次々着替える、着せ替え人形だったよ。」

…?服が無い?

「新田はコスプレ衣装を持ってきたのか?」

「ふふっ、それはお店に無かった。」

「その服、良いと思うよ。似合ってる。」

 俺がそう言うと、今度は赤くなってしまった。

 やっぱり今日は調子が狂う。

「ハチ、そういえばなんで剣崎君の事、分かったの?」

 新田に聞いたのか。

「部活終わりに迎えに行くと、見てることが多いからさ。好きなの?」

 ナナが複雑な表情になる。

「それ、最近いろんな人に聞かれるんだけど、よく分からないっていうか。気にはなるけど、好きなのかと言われるとどうなのか?」

 じゃあ、違うな。

 オーブンからケーキのいい香りがして、ナナは幸せそうだ。

「ナナ、ニンジンのシフォンケーキ出来たぞ。食べながら話そう。」

 またナナがキラキラしている。

 ケーキを切って部屋に運ぶと、話を聞く。

「ハチ、美味しー!本当にニンジン?色もキレイだし美味しー!」

 今日も美味しそうに俺が作ったものを食べる。この瞬間が良い。

 シフォンケーキをあっという間に食べて、剣崎の話をしてくれた。

「ナナ、それが自分で好きかどうか分からないなら、違うんじゃないかな?これからまた変わるかもしれないけど、今のところは小学生の好きだな。」

 お茶を飲みながら聞いていたナナが、キョトンとする。

 ちなみに、今日のお茶はペパーミントティーだ。さわやかないい香りがする。

「小学生?」

「うん。小学生が足が速いだけでカッコいいとか、顔が好みとか、ちょっと優しくされるだけで好きになっちゃっているようなものだろ。今は好きと思っているかもしれないけど、すぐに変わるんじゃないかな?こういうのを、恋に恋しているっていうのかもな。」

 半分は俺の願望かもしれない。

 ナナは友達だけど、何となく、ナナを取られるようで面白くない、

「そっかー。」

 そう言うと、ナナは心当たりがあるみたいだった。

「その中だと、顔が好み?かもしれない。キレイだなーって思ったし。」

「そっか。」

 ああいう感じが好きなのか。そういえば天澤の事もキレイと言い続けているから、整った顔が好きなのかもしれない。

「ナナ、もっとケーキ食べる?」

「食べるー!」

 俺が勝てるのは、胃袋を掴むことくらいかな?

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