第13話 困っていること

 長い長い夏休みが終わり、やっとふーちゃんに会える。

 部活に行けば会えたのかもしれないけど、そもそも俺は大会に出る気はないし、早い時間に行かなければ暑くて走れない。

 …柳と違って、図書室に通う方でもないしなー。

 夏期講習の時に、偶然にでも会えれば良いと思ってたけど、そんなに都合よくは会えず。

 早く夏休みが終われば良いのに。と、毎日考えていた。

 昼休み___。

 早速、ふーちゃんの教室に行ってみる。

「ふーちゃん!」

 振り返ったふーちゃんの顔が、少しキレイになったように感じた。

 ふーちゃんがこちらに駆け寄ってくる。

「先輩!お久しぶりです!」

 はじける笑顔とは、このことを言うんじゃないかと思う。

「うん。久しぶり!ちょっと日焼けした?」

 色白のふーちゃんが少し焼けて、黒くというよりはちょっと赤くなっている。

「はい!部活に出ることが多くて、焼けちゃいました。先輩はお元気でしたか?」

「うん。受験生だから、おとなしく勉強してたよ。」

 ふーちゃんに会えない間、とにかく勉強した。夏のうちにやるだけやって、秋にふーちゃんと過ごせる時間が作れるように。

「そうなんですね!…そっか、先輩、あと半年くらいで卒業なんですね…。」

 ふーちゃんが寂しそうに見える。どうなんだろ?

「寂しい?」

 やっぱり、ちゃんと確認したくなった。

「寂しいですよ。こうやってお話してるの楽しいので。」

…嬉しい。聞いてよかった。

「俺も寂しいよ。…今は困ったことない?」

 ふーちゃんが、少し考える。この顔も久しぶりだ。

「あ!先輩は何か困ってないですか?たまには私がお役に立ちたいです!」

 急に、ふーちゃんが嬉しい提案をしてくる。

 困っている事…?

 卒業すると、ふーちゃんに会えなくなること。

 ふーちゃんに好きな人がいること。

 今、この瞬間、ドキドキが止まらないこと。

…全部、言えない。

 この質問は、急に言われると、確かに困るな。

「そうだな…夏は勉強ばかりしてて、ちょっと運動不足だから、またふーちゃんと走りたいかな?」

 ふーちゃんの顔が、パッと明るくなる。

「はい!そんなことで良いですか?じゃあ、部活と委員会のない放課後が良いですか?それとも朝?」

 そんなに楽しそうに、俺のお願いを聞いてくれるんだ。

「今日の放課後は?」

「今日は委員会です。」

「じゃあ、明日の朝!」

…一秒でも早い方が良い。

「はい!楽しみです!」

 次の日の朝、部室で待ち合わせして、いつものコースを走る。

 ふーちゃんは夏の間、本当に部活と図書室にばかりいたみたいで、特に剣崎と進展はなかったみたいだ。

「ふーちゃん、夏の間にまた少し痩せた?」

 日焼けしているからそう見えるんじゃなく、本当に痩せてきた気がする。

「あ、はい。体育祭の頃、ちょっと体調が悪かったみたいで、ハチに食生活が悪いって怒られて。それからちょっと気を付けるようにしたら、体調も良くなって。そのおかげかもしれません。」

 そういえば、前に一緒に走ってた頃は、妙にスタミナが無いというか、力が無い感じがした。本人はお腹が空いただけと言っていたけど、栄養が足りなかったのか。

「そっか。運動するし、栄養は大事だね。気がつけなくてごめんね。」

「いえっ!とんでもないです!自分の体調管理が、出来てなかっただけですから。ハチがその頃から、調理部で野菜のスイーツを作ってて、おかげで美味しく栄養を摂ることができました。」

 休みの間も、西谷には会ってたのかな?

「野菜のスイーツかー。食べたことないけど、美味しそう。」

「野菜が甘くてビックリしました!浅井先輩にいろいろ教えてもらってるみたいですよ!本当に調理部はすごいです。」

 ふーちゃんが西谷の事を、自分の事のように嬉しそうに話す。

 それを素直に受け止められない自分が、子供っぽい。

 ふーちゃんは身長も少し伸びた。

 あんまりキレイにならないでほしい。

 これも、今、困っている事かな。

「そういえば、ふーちゃん、髪伸びたね。伸ばしてるの?」

 もうすぐ肩につきそうだ。

「そうなんです。もうすぐ縛れそうなんで、伸ばしてみようかと。癖っ毛ではねちゃって仕方ないんで、縛った方が楽かと思って。」

 ふーちゃんの髪はふわふわしてて、やわらかそうだ。確かにあちこちはねてる時もあるけど、それもまたかわいい。

「そうなんだ。俺はふわふわしてるの好きだけどな。」

「えっ?そ、そうですか?」

 この赤くなる顔も久しぶり。やっぱり良いな。

「先輩は少し短くなりましたね。カッコいいです。」

「そ、そう?傷んでいるところを早く無くそうと思って。」

 ちょっと動揺してしまった。カッコ悪いな…。

「そうなんですね。…先輩は本当に不良だったんですか?全然、そんな感じがしないんですが。」

 不良って…。

「俺はずっと善良だよ!」

「ふふっ、善良ですか。…その方が先輩に合ってますね!」

 楽しそうに笑う、ふーちゃんの声。

 この時間がずっと続けばいいのに。

 秋の風が心地いいこの季節は、ずっと一緒に走りたい。

「ふーちゃん、明日も走ろうね!」

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