第7話 ふーちゃん
天王寺に絡まれた数日後の昼休み。
うちのクラスまで小石川先輩が来た。
「藤川いる?」
教室の入り口で、近くにいたハチに聞く。
「ナナ―。呼ばれてるぞ。」
ハチに声を掛けられて、すぐに入り口に向かう。
「先輩。どうしたんですか?」
小石川先輩が、あの時のようにニコニコしている。
「ふーちゃんがなかなか会いに来てくれないから、来ちゃった。」
来ちゃったって…。先輩、かわいい人なんだなー。
「ふーちゃん、困ってることない?」
「…困っていること?特にないですね。」
急に言われても、何も思いつかない。
「えー!?何かないの?ふーちゃんに何かしてあげたい!」
小石川先輩、優しいなー。この前、私が天王寺に絡まれてたから、心配してくれてるのかな?いつでもおいでって言ってたし。
「うーん。今は困ったことが無くて、困っています。」
小石川先輩の慌てる様子に、ちょっと笑いながら答える。
「そっかー。じゃあ、何かあったらすぐに教えてね?できるだけ早く!じゃあ、またねー。」
そう言うと、先輩は手をひらひらさせて行ってしまった。
席に戻ると、しおりちゃんと友香ちゃんがビックリしている。
「ポチ、小石川先輩と知り合いなのー?」
しおりちゃんが聞く。しおりちゃんも小石川先輩を知ってるんだ。
「知り合いって言うか、この前、天王寺に絡まれているところを助けてもらったんだー。」
「へー。小石川先輩って優しいんだ。」
友香ちゃんも小石川先輩の事知ってるんだ。本当に有名人だな。
「小石川先輩は、最初から優しいけどな?いっつもニコニコしてるし。」
二人とも意外そうな顔をしている。
「そうなんだー。先輩って怖いって聞いたからさー。喧嘩とかしてるみたいだし。」
「見た目も、髪色明るくて、ピアスもいっぱいみたいだしね。まあ、ポチがいじめられてるんじゃないなら良いよ。」
喧嘩とかしそうに見えないけどな?ピアスも…してたかな?小石川先輩、背が高いからよく見えなかったのかも…。
それから、小石川先輩はよく来てくれるようになった。
ハチのおかげで平和な日々を送っているので、特に困っていることは無くて、いつも数分立ち話して終わりなんだけど、小石川先輩と話すのは楽しい。
「先輩、1年の校舎は3階だから大変じゃないですか?いつも来ていただいてすいません。」
「陸上部だからね。このくらいは全然大変じゃないよ。」
確かに、小石川先輩の息が上がっているのを見たことがない。
「そういえばそうでした。私は毎朝、教室に来るだけで息が上がるので羨ましいです。」
「佐々野に聞いたけど、ふーちゃんはテニス部なんでしょ?…部活、辛くない?」
先輩が心配そうにのぞき込む。
「三沢部長がいろいろ考えてくれているので、何とかついていってます…」
ちょっと身を屈めた先輩の顔が近くなったので、思わずドキッとして、一瞬、目を逸らしてしまった。
「そっかー。辛かったら言ってね?」
そう言いながら、先輩はニコニコして、またいつものように帰って行った
困ったことか…。何かあるかな?
最初にあの子に会った時___。
中庭から校舎の中を見ると、あの子ともう一人の生徒が渡り廊下を見てちょっとためらっていた。
恭平と有川がいつもの調子でふざけて、下級生の男子生徒をからかっていただけだったんだけど、入学してまもない1年生には、2年が3年に絡まれていると思ったかもしれない。
恭平も有川もただのお調子者で、全く怖い要素は無いんだけど、見た目がチャラくて背が高い恭平と、切れ長のキレイな顔立ちをした有川は、それだけで威圧感がある。
ましてや、その時はまわりに佐々野と柳と俺がいて、2人がふざけているのを見ていたわけだから、余計に怖かったかもしれない。
1年の女子生徒がゴミ捨て場に行くのを怖がっていて、一緒に来たあの子がなだめていたようだけど、どうしてもその子が嫌がるので諦めたみたいだ。
あの子はゴミ箱を1人で持つと、ふっと一息つき、顔を上げて歩き出す。
その時の一瞬の目が、やけに印象的で、まっすぐで、何か心に決めた感じというか…、体も小さくて頼りなげに見えるあの子の、芯の強さみたいなものが感じられた。
実際、その後のあの子は恭平や有川に臆することなく、普通に話し、恭平の軽口もかわし、降参させた。
ちゃんと、後ろに取り残された2年の生徒にも声を掛ける、優しさと気配りまである。
その行動のひとつひとつに興味が沸いた。
次に会った時は、また渡り廊下で、今度は同じ1年の男子生徒に絡まれていた。
前に見た時とは違って、完全に下を向いている。
何か言いたそうにはしているけど、言葉に出せないみたいだった。
あの子が辛そうにしているのが、とてもたまらない気持ちになって、思わず話しに割って入る。
男子生徒が行った後、俺の事を知っていたことに驚いたけど、妙に嬉しい気持ちになった。
なんだ?この感じ。
あの男子生徒とは何かありそうだけど、言い辛いみたいで、口ごもっていたから、無理に聞かないことにした。
何があったっていいさ。いつでも助けてあげればいいだけ。
「大丈夫です。」
って、言って、俺を見上げた時の笑顔に…ドキッとした。
急にいたたまれないような気持ちになる。
アーモンド形の目は一重で、少しだけ目じりが上がっているのでネコっぽい。一般的に美人とかかわいいとか言われるようなタイプではない気がするのに、なんだかよく分かんないけど恥ずかしくて、顔が赤くなる前にその場を立ち去った。
本当になんなんだよ。この感じ。
数日間モヤモヤしたまま過ごしたけど、よく分かんねーし。
あの子どうしたかな?話に来いって言っても、1年生が3年の校舎まで来るのは、さすがに勇気がいるか。こちらから様子を見に行ってみようかな。
1年の校舎まで行って、あの子の教室を探す。…いた。3組か。
入り口にいた生徒に、声を掛けて呼んでもらう。
あれ?そういえばこいつは調理部の西谷だったか?浅井の後輩だ。
「ナナ!呼ばれてるー。」
ナナ?あの子は西谷と仲が良いのかな?
…なんだかまたモヤモヤする。
「先輩、どうかしたんですか?」
顔を見た瞬間、自然と自分の表情が緩むのが分かった。
「ふーちゃんがなかなか会いに来てくれないから、来ちゃった。」
声を聴くと、つい本心が出る。
そもそも、なんで俺は急に『ふーちゃん』なんて呼んだんだ?
また笑顔を向けられると、ドキッとする。
会っていない間も、気になって考えていた。
西谷が『ナナ』と呼ぶと、モヤモヤする…。
…そうか。このモヤモヤは。
俺はふーちゃんの事が、好きなんだ。
そう気付いた。
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