第5話 あだ名
4月も、もうすぐ終わりかー。なんだかあっという間。
放課後___。
そんなことを考えながら、委員会の当番の為に図書室に行く途中、渡り廊下で天王寺に会ってしまった。
「あー…。やな奴にあったわ。」
…いや、こっちも会いたかったわけでは…。と、言いたいのに、天王寺に会うと条件反射でうつむいてしまう。
「そういえばポチ、テニス部なんだっけ?あの短いスカート履くの?誰も見たくねーわ」
ちょっとイライラしたような言い方。
…誰に言われなくても、自分が一番気にしてるよ…。何か…恥ずかしくて顔が熱い。
「まだ…試合とか出るわけじゃないし…。」
もう、行ってくれれば良いのに…。
「てか、なんでテニス?運動得意だっけ?体重くて走れなくね?」
手が…、指先が冷たい。お腹の奥の方に、突き上げるような力が入って気持ち悪い。
立ち去りたい。…けど、今ちゃんと足動くのかな…?感覚がふわふわしてる。
「あの…嫌いなら無視してくれていいから…。」
…ほっといてよ。自分の声で勢いをつけて、天王寺の横を通り過ぎようと足を動かす。
動いた!これでやっと…と思った瞬間。
「おい!」
急に、天王寺が私の腕を掴んだ。びっくりして顔を上げると、さっきよりイライラしている天王寺が、こっちをまっすぐ見ていた。
怒っているような、戸惑っているような不思議な表情。…というか、そういえば、久しぶりに天王寺の顔見たかも。
「あの…っ。」
力が強くて、振りほどけない。
「何その言い方…。ムカつくわ。俺は…。」
天王寺が何か言いかけた時、後ろでドンっという音がした。
驚いて二人とも振り返ると、そこには、一人の3年生が立っていた。
強く握りこんだ拳を、渡り廊下の柱に押し当てている。さっきの音は、この拳と柱がぶつかる音だったんだ!
あれ?待って。
この人は…、小石川先輩?
初めて近くでまともに見たけど、小石川先輩の顔は、完全に無表情だ。
それでいて、なぜか目が少し寂しそうにも見える。
「あのさ。俺、その子にちょっと用事あるんだけどいいかな?」
小石川先輩は、その表情とは違って、優しい感じで天王寺に話しかける。
天王寺も先輩には逆らえないみたいで、私の手をぶっきらぼうに離すと、そのまま行ってしまった。
どうしていいのか分からず立ちすくむ私の方へ、トントンと足音が近づいてきて、目の前で止まる。
長身の小石川先輩が、少し身を屈めて私の顔をのぞき込む。
「大丈夫?」
さっきとは違って、もうすっかりニコニコしている。
明るく脱色された柔らかそうな髪が、日に当たってキレイに光っている。
笑っていないときは少し寂しそうな感じに見えた目は、まつ毛が長くて二重が深い。
ニコニコしている小石川先輩と目が合うと、久しぶりに酸素が吸えたような気がした。あ、息止めてたのかな?
「えっと…、小石川先輩ですよね?ありがとうございます。」
私が言うと、ちょっと驚いたような表情になる。
「あれっ?俺の名前知ってるんだ?…もしかして有名人?」
小石川先輩が嬉しそうに、ちょっと照れながら笑っている。
全然、怖くない。こんなに穏やかな感じの人なんだ…。
「先輩は、ある意味有名人です。」
私も笑いながら言葉を返す。
「えー…と、大福ちゃん?だっけ?」
「あの、藤川です。」
やっぱり、あの時見てたんだ…。
「ああー。じゃあ、ふーちゃん!」
ん?あだ名!?
「先輩?ふーちゃんて…。」
初めて言われた。
「うん。藤川ちゃんより、ふーちゃんの方がかわいいからね!…それとも、大福ちゃんが良かった?」
小石川先輩がニコニコしながら言う。
「いえ、ふーちゃんで良いです。」
「…この前も思ったけど、しっかり相手の目を見て言いたいことが言えるタイプだと思うのに、さっきは別人みたいだったね。…嫌なこと言われたの?」
特に表情を変えず、小石川先輩がサラッと聞く。
「あれは…小学校の同級生で、…、…えっと…」
それとは対照的に、私はうまく説明できなくてしどろもどろだ。
自分でいじめられっ子っていうのは、なんかヤダ。
小石川先輩に言うような話でもない。気がついたら、また下を向いて話している。
「…ちょっと苦手で…。」
そこまで言った時、うつむいている視線の先に小石川先輩の手が出てきた。
「うん。もういいよ。」
パッと顔を上げると、相変わらず優しそうにニコニコしている。
「変なこと聞いてごめんね。でも大丈夫だよ。困ったことがあったら、頼ってくれていいからね。いつでもおいで。」
ビックリして、小石川先輩の顔をじっと見る。
あっ…。まただ。
ハチといい、小石川先輩といい…。小学校の時は見て見ぬふりする人が多かったのに。
ちゃんと私と向き合ってくれる人って、いるんだ。
中学校ってすごい!
………こういうのすごく嬉しい。
「ありがとうございます。まだ大丈夫です。」
嬉しくて、笑顔で答えると、今度は小石川先輩が驚いたような表情になった。
それは本当に一瞬の事で、あっという間にさっきのニコニコ顔に戻る。
「そっか。いつでも話においで。…じゃあ、またね。ふーちゃん!」
そういうと、小石川先輩は手を振りながらグラウンドの方に走っていった。部活の途中だったのかな?ジャージだったし。
それにしても、無表情からのニコニコって…ギャップがすごい。
でも、噂と違って全然怖くないし、優しいんだなー。
そんなことを考えながら、今度は急ぎ足で図書室に向かう。上るのが苦手な階段も、なんだか今日は身体が軽く感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます