死者との結婚(その21)

玄関に出ると同時に、扉を開けた鍬形のいかつい顔と正対することになった。

母親が午後のウオーキングに出かけたあと、施錠するのを忘れていた。

「娘がこちらでお世話になっているようで・・・」

鍬形が真顔で頭を下げた。

「いえ、おりません」

と答えると、鍬形は土間の桜子のスニーカーを指差してニヤリと笑った。

・・・まったくドジでまぬけな探偵だ。


自室にもどろうとすると、鍬形は素早く上がり込み、背後に立った。

戸口に立つ鍬形を見た桜子は、発条仕掛けの人形のようにベッドから立ち上がった。

「さあ、お父さんと帰ろうか」

猫撫で声をかけ、おいでおいでをする鍬形に手繰り寄せられるようにして、桜子は父親に歩み寄った。

「鍬形さんは、桜子さんを殺そうとしているようですね!」

などと、とんでもないことばが口をついて出た。

可不可が激しく首を振った。

「はは、誰がそんなことを。・・・殺したいほど可愛い娘ではありますがね」

鍬形はまったく意に介さず、玄関に降り立って屈むと、桜子のスニーカーの紐を結んでやった。


「あのまま引き渡してよかったのか?」

華やかな一輪の花が失われた空虚な部屋を見回すと、床にへたり込んで頭を抱えてしまった。

「桜子を救ったヒーローのつもりでいるようですが、たったひと晩で連れもどされてしまいましたね」

と可不可が反応した。

可不可は事実を事実として指摘しただけだろうが、傷に塩をすり込むような嫌味な言い方にしか聞こえなかった。

たしかに、何の計画もなく可不可も連れずにひとりで出かけた。

・・・あまりにも稚拙な行動だった。


「でも、何とかしてやりたい」

可不可に語りかけると、

『誰か依頼人がいるのですか?』

てっきりそう答えると思ったが、可不可は以外にも黙りこくっている。

「何かグッドアイデアはないかね?」

下手に出ると、

「無理ですね。桜子は拉致されたのではなく、じぶんの意思で父親について行ったのですから」

と冷たく言った。

「でも、昨夜は、『父親に殺される。救けてくれ』と言っていた」

「きのうはきのう、今日は今日。ちがいますか?」

そう言われては、黙って唇を噛むしかなかった。

・・・思えば、このひと月、桜子に翻弄されっ放しだった。

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