死者との結婚(その3)

桜子は、ウーロンハイを飲みながら、芸術の話を憑かれたように語った。

だが、半分も理解できなかった。

じぶんは一滴も飲まなかったが、桜子は結局ウーロンハイを3杯も飲んだ。

だが、酔うということはなかった。

時計は12時を少し回ろうとしていた。

そろそろ潮時だ。

客がいなくなって手持ち無沙汰のバーテンダーに会計を頼むと、小さな数字を書いた付箋紙をカウンターに置いた。

3千円と書いてあるかと思ったが、よく見ると3万円だった。

「これってゼロひとつ多くないですか?」

やんわりと言うと、

「いや、この値段だ」

バーテンダーは言い張った。

「でも、一杯1万円のウーロンハイってないですよね」

「うちではそうなっている」

「料金表見せてください」

「この店の料金は俺にまかされている。いわば俺の顔が料金表だ」

バーテンダーは凄んだ。

ここは、客の足元を見てふっかける、ヤクザが経営するぼったくりバーだ。

「そんなお金ないですよ」

「お前、金も持たずに、はじめから無銭飲食しようって算段だったのかい」

「無銭飲食だなんて・・・」

「払えないなら、そっちのねえちゃんを置いていきな。その分ここで働いてもらうから」

バーテンダーの狙いは、はじめから桜子にあったのが今になって分かった。

睨み合っていると、桜子がポシェットに手を突っ込み、札束をバーテンダーの顔目がけて投げつけた。

「野郎!」

怒ったバーテンダーはカウンターを大回りして、われわれを捕まえようとした。

桜子の腕をつかむと、店の外へ飛び出して駆け出した。

梅雨の走りの雨が、ネオンの光に潤んだ夜空から絶え間なく降っていた。

振り向くと、開け放ったバーの店内の明かりを半身に浴びたバーテンダーが拳を振り上げて威嚇していた。

不意に、そのバーテンダーがへなへなと濡れた地面に崩れ落ちるのが見えた。

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