死者との結婚(その2)
あわてて向かいのスナックバーに女の子を連れ込んだ。
「車なんで、とりあえずウーロン茶」
カウンターに座ってオーダーすると、
「ここはお酒を飲むところなんでね。とりあえずも何も、お茶は出さないよ」
バーテンダーが蛇のような目でにらみつけた。
「あっ、どうも」
スツールを降りて帰ろうとすると、
「待ちな。もうウーロン茶をオーダーしたんだから、キャンセル料をもらうよ」
とすごんだ。
「さっきは、お茶は出さないと言いましたよね」
「あるんだなあ、これが」
バーテンダーは、氷を入れた大きなグラスに焼酎とウーロン茶を注いだ大きなグラスをふたつカウンターにどんと置いた。
「これってウーロンハイじゃないですか。『お酒は飲めない』と、さっき言ったはずです」
「これがうちのウーロン茶なんでね」
銀歯を見せて、バーテンダーは薄気味悪く笑った。
「いただきますわ」
横からグラスをかすめるように取り上げた女の子は、グラスの縁にキスをするようにして口をつけた。
「君って未成年じゃないのか?」
「あらっ、・・・先月でハタチです」
白いニットのセーターの胸は形よく盛り上がっていたが、あどけない顔はどう見ても女子高生にしか見えない。
あらぬ方を向いていたが、バーテンダーはふたりの会話を耳をそばだてて聞いていた。
そこへ中年のカップルが店に入って来たので、バーテンダーが奥のアベックシートへ案内しにカウンターを離れた。
「絵の勉強をしてるんです」
桜子と名乗った女の子は耳元で囁いた。
「美大生か・・・」
たしかにえんじ色のベレー帽がよく似合っていた。
「でも、家出した」
「・・・・・」
家が都内なら、車で送ってやってもよかったが、それを本人が望むかどうか?
・・・漫画喫茶にでも連れていけば、それで今日の仕事はお終いだ。
「父親が口うるさくて・・・」
桜子は投げ出すように言った。
「だからといって、女の子が、・・・特に君のような可愛い子が家出をすれば、危険な目にあう」
カウンターの奥のガスレンジで、カップルの注文のパスタを調理しはじめたバーテンダーを顎でしゃくって、
「可愛い女の子を狙うハイエナのような男はいくらでもいる。さっきのスカウトマンだって、ほんとうにモデルの話かどうか怪しいよ。ここらで信用できるおとなは、ひとりもいない」
と説教口調で言うと、
「あなたは?」
カウンターに肘を突いた桜子は、掌に顎を載せ覗き込むようにしてたずねた。
「えっ。ああ、・・・いちおう男だからね。でも、信用してもらってもいいのかなあ・・・」
ちょっとばかりしどろもどろになった。
「じゃあ、信用しちゃおうかな・・・」
真っすぐに見つめるつぶらな瞳は、純真な少女のそれだった。
だが、瞳の奥底でうごめく妖しい光が、見事にハートを射抜いた。
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