死者との結婚(その4)

雨が激しくなった。

角を曲がった目の前にビジネスホテルがあった。

エントランスの屋根の下で雨宿りをしようと駆け込んだ勢いで自動扉が左右に開いた。

「部屋に入る?」

濡れた髪の毛が額に張りつき、寒さに震える桜子にたずねると、こくりとうなずいた。

ホール正面のスモーク窓の下に1万円札を差し入れると、ルームキーとともにわずかなおつりが返えってきた。


今になって酔いが回ったのか、桜子はシングルベッドにもたれ、足を投げ出して首を垂れた。

エアコンを暖房に切り替え、白いニットのセーターを脱がせにかかったが、難儀した。

裾をまくり上げることはできたが、何せ人形のようにぐったりしているので、うまくセーターから肩と首を抜くことができない。

ようやく髪の毛を逆立てながらセーターを首から脱ぐころには、半ば眠った桜子はじぶんでセーターを脱ぎ、よろけて立ち上がると、チェックのミニスカートを足元に落とした。

バスルームの電気を点け、シャワーの温度を高温に設定し、ヘッドから出るお湯の熱さを確かめていると、丸裸の桜子がいきなりバスルームに飛び込んできた。

あわてて背を向け、入れ替わるようにして部屋にもどり、脱いだセーターとミニスカートを拾い集めて洗面所のドライヤーで乾かした。

シャワーで髪の毛まで洗った桜子は、小さなバスタブにお湯を張り、長いことお湯に漬かっていた。

ベッドにもたれて膝を抱え、髪の毛を乾かすドライヤーの音を聞きながら、このまま姿を消そうか考えあぐねていると、洗面所のドアが開いて小さなバスタオルで裸身をくるんだ桜子が現れた。

何も言わずに桜子はベッドに横になった。

立ち上がって見下ろすと、桜子はバスタオルの結び目をほどき、お椀を伏せたようなふたつの胸のふくらみを露にした。

指を伸ばしてバスタオルの裾を開くと、くびれた胴から豊かな腰へと流れる優美な曲線が現れ、ほどよく肉のついた太ももと下腹の三角形の谷間にうすい翳りが見えた。

乳色のすべすべの肌をした、これ以上にない完璧な裸身に長いこと見てれていた。

はっとして我にかえると、目を閉じた桜子は、手と足を投げ出すようにして、やすらかな寝息を立てていた。


・・・けたたましいベルの音で目が覚めた。

「火事です。火事です。避難してください」

ロボットの声が天井のスピーカーから繰り返し流れた。

ぼんやりと灯りのついた部屋を見回したが、桜子の姿はどこにもなかった。

廊下に飛び出したが、火も煙も見えなかった。

突き当りの半開きの非常扉から出て、一気に非常階段を駆け下りた。

雨は上がったが、暗闇はまだしっとりと濡れていた。

エントランスから煙が噴き出し、きな臭い匂いが漂っていた。

猛獣が唸るような消防車のサイレンの音が四方から聞こえた。

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