死者との結婚(その5)

短い時間にいろんなことが起こりすぎて疲れ果てたのか、家に帰ると着替えもそこそこにそのまま死んだように眠ってしまった。

だいぶ日が高くなってから目が覚めた。

台所でドリップコーヒーをつくって、自室でひと口飲んでから、可不可の電源を入れた。

「手に触れたものがすべて塩の柱になるギリシャ神話のようですね」

昨夜の家出娘の話をしてやると、可不可はそんなふうに答えた。

「神の命令に背いて、逃げる時に振り向いたために塩の柱にされたロトの妻の話と混同している。君が言いたいのは、手に触れたものがすべて黄金になるミダス王のことだろう」

「ああ、それです。『王様の耳はロバの耳』の話もミダス王のことですよね」

その話は知らない。

「ともかく、その桜子という女の子に触れた男は、殺されるか、ひどい目にあう。ああ、ミダス王とは真逆だね」

えっ、殺される?

金髪のスカウトマンもバーテンダーも倒れるのはこの目で見たが、襲った犯人は見なかった。


ネットニュースには、歌舞伎町のビジネスホテルの火事のことが載っていた。

何者かが油を染み込ませたハンカチに火を点けてフロントの小窓から投げ込んだ放火とあった。

事務室が半焼しただけで、事務員にも客にもケガ人はなかった。

犯人は、客か外部侵入者か不明・・・。

「その桜子とかいう女の子が、帰り際に火の点いたハンカチを窓口に投げ込んだのかもしれません」

可不可は、平気でひどいことを言う。

・・・とても信じる気にはなれない。

ライターオイルをハンカチに染み込ませて火を点けるのが、考えられる手口だ。

だが、桜子は煙草を吸わないので、ライターを持っているようには思えなかった。

放火のシーンはホテルの防犯カメラに映っているはずなので、犯人はすぐに特定できるはずだ。


犯罪ネットワークに、歌舞伎町で金髪のスカウトマンもバーテンダーも襲われた話はなかった。

軽症だったからか、あるいは、歌舞伎町では殺傷事件など日常茶飯事なので、ニュースにすらならないのか?

それにしても、金髪のスカウトマンとバーテンダーの一件は、まさに探偵のじぶんが目撃者だった。

「犯人を見なかったのですか?」

可不可に責められたが、どう考えても、勝手にひとりで倒れたようにしか見えなかった。

「何せ、ふたりとも暗闇の中だったのでね。まわりに通行人は大勢いた。全員が犯人と思えば思える・・・。でも、桜子が犯人ということはありえない。ずっとじぶんのそばにいたからね」

「それはどうでしょう。リモートということもあります」

「リモートだって?超能力だかテレパシーで離れているひとを殺すのか・・・」

「そんなことあるはずがないじゃないですか」

可不可が微かに笑ったように見えた。

『何だよ、この犬。じぶんでリモートとか言っておいて、ひとを小馬鹿にして』

・・・少し腹が立った。

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