死者との結婚(その9)
「つまり百万円は連れもどし料ということですか?」
可不可が、『余計なことを言うな』とばかりに首を振った。
「いや、百万円は着手料ということでいいですよ。とりあえず居場所を探してください。連れもどした場合は、成功報酬は別途考える」
父親はきっぱりと言った。
「桜子さんはどうして家出をしたのです。原因が分からなければ、説得して元にもどすことはできません。ああ、その、・・・そもそも僕が連れもどす役なんかしてもいいものでしょうか?」
うなずいていた可不可が、再び首を横に振った。
「なに、ごくふつうの親子喧嘩です。進路のことでちょっともめて・・・。桜子はどうしても画家だか芸術家だかになりたいというのを、私が反対したものですから・・・。見つけたら、とりあえず、『父親は娘の言うことをすべて聞く』と伝えてください。あとは私が説得します」
これだと成功報酬はどうなるのだろうと思ったが、着手料だけでも十分すぎるほどだった。
ひと助けの仕事をしていて忙しいという父親は、連絡先を交換するとそそくさと帰っていった。
「ひと助けの仕事って何だろう?」
「何でしょう」
「しかも忙しい」
「・・・ああ、分かりました」
「へえ~、何だろう」
「ヒントは三つです。」
「三つも!」
口惜しいけどひとつも思い浮かばない。
「詰襟の上着、指輪、・・・そして、ひと助け、この三つです」
「ああ、詰襟とひと助けからすると、キリスト教の牧師さんかな。いや、神父さんか、その違いが分からないけど」
「ピンポーン。答えは合ってますが、指輪は分かりませんか?」
「よく見なかった」
「指輪に奇妙な十字架が彫ってありました」
「へえ。奇妙な、って?」
「十字架の背景がさそりの絵柄です。観察眼がまるでだめですね。探偵失格です」
これには腹が立った。
くるりと背を向け、PCを立ち上げて、父親の名前の鍬形正義で検索をかけてみた。
内村鑑三ではないが、無教会主義のキリスト教のひとり教祖で、川越に道場だか集会所を持っていると出た。
主宰するひとのみち教会のうすっぺらなHPには、教祖の導きで救われた信者たちの喜びの声が寄せられていた。
「他人は救えても、じぶんの娘は救えない。・・・教祖失格ですね」
自己学習機能でことばをどんどん覚えるので、最近の可不可の舌鋒はやたらと鋭い。
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