死者との結婚(その22)

「5分だけ」

若い刑事は、こんな話につきあうのは時間のムダとあからさまな態度で、椅子に座ることもなく立ったままで言った。

・・・ジャパン警察犬協会の桑原に相談を持ちかけ、埼玉県警の知り合いを紹介してもらい、オンボロ車に可不可を乗せて大宮までやって来た。

たずねたのは、やはり桑原とのつながりのある警察犬を扱うベテラン警察官だった。

そこで、川越のひとり教会の教祖の鍬形正義の妻の死亡を扱った刑事を紹介してもらおうとしたが、うまく話が通じない。

この警察官がいろいろと連絡をとってくれたが、あれこれあってゆうに2時間は待たされた。

・・・鍬形の義理の娘が家出をして、歌舞伎町のホストの偽装自殺に居合わせ、この偽装に鍬形がからんでいるようだと話すと、若い刑事はやっと椅子に座る気になった。


次に、『鍬形に殺される。母親も鍬形に殺された』と救けを求める桜子を、川越から家に連れ帰ったがすぐに鍬形に取りもどされた話をした。

椅子にふんぞり返っていた若い刑事は、少しばかり興味を示し、

「娘は、母親が殺されるのを見たとか言ってなかったかな?」

と身を乗り出してたずねた。

「いえ」

首を振ると、

「何か証拠をつかんでいる?」

と矢継ぎ早にたずねた。

「保険会社が殺人を疑って、半年経っても保険金が下りないと鍬形が怒っているそうです」

と言ったが、若い刑事は何の反応も示さず、

「それで警察に何をしてほしいのかな?」

とたずねた。

「鍬形は結婚を迫っていて、応じないと殺すと脅しています。・・・桜子さんを護ってほしいのです」

「彼女は未成年かね?」

「いえ。ハタチだとか」

「それで、君は彼女の何なの。婚約者?三親等以内の身内?」

「いえ」

「それだと、法的に人身保護請求は出せない」

「・・・法的にはそうでしょうが、父親に殺されそうな女の子がいます。どうして警察は殺人を防ぐために動かないのです?」

スフィンクス座りをしている可不可が首を微かに振った。

「ああ、それは簡単だ。・・・彼女が結婚をOKすればいいだけだ」

「じぶんの母親を殺した義理の父親と結婚しろとおっしゃるんですか?」

可不可が、今度は激しく首を振った。

「裁判所に義理の父娘関係を解消する訴えを起こせば、できる」

「そんな法律の話をしているんじゃありません。・・・これは、起こった殺人と、これから起こる殺人の話なんです」

机を叩かんばかりにして抗議すると、若い刑事はにやりと笑い、ポケットから名刺を出して机に置き、

「探偵事務所の所長さん、せいぜい気張って証拠を集めてもらおうか」

と言って立ち上がった。

「証拠を集めれば鍬形を逮捕できるんですか?」

その幅広の背中に投げつけように言うと、少しだけ首をこちらに向けた若い刑事は、そのまま部屋を出て行った。

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