死者との結婚(その11)

可不可を助手席に乗せ、オンボロ車ですぐさま西新宿へ向かった。

高層ビル群の手前の歌舞伎町との際に、大中小のマンションが肩を寄せもたれ合うように立っていた。

ファンが撮った写真の背景に映った古色蒼然としたマンションの前に立つと、道路の向かい側に、ひかるの瞳に映り込んだビルと電信柱の広告が見えた。

桜子の携帯のGPSの矢印はまさにこの辺りを指していた。

古いビルなので、オートロックはなく、壁にはめ込まれた蓋を押し上げて鍵を差し込むとガラス扉が開く構造のようだ。

管理室の横にメールボックスが整然と並んでいた。

ネームプレートのない601号室のステンレスのボックスに、熱狂的ファンの仕業なのか、ひかるの顔写真のシールがべたべた張ってあった。


「601でいいの?」

桜子の携帯にメールを入れたが折り返しはなかった。

隣のビルとの隙間を蟹のように横を向いたまま進み、ビルの裏手に回った。

裏はかろうじて車が3台ほどおける時間貸しの駐車場になっていた。

ビルの左手の角に赤錆びた非常階段があった。

非常階段は1階と2階の中間あたりで終わっていた。

これは外部からの侵入を防ぐための構造で、万一の火事の場合は格子の扉を内側からラッチを外して押し倒すと、縄梯子のように使える仕組みになっていた。

跳びつくと、鉄の格子はいともたやすく手前に落ちたので、ちょっと驚いた。

可不可が驚くほどの速さで非常階段を登った。

6階の非常扉を開けたすぐ左手の部屋が、601号室だった。


「どうした?」

再びメールを入れたが、やはり折り返しはなかった。

ドアノブに手を掛けて回したが、ぴくりとも動かない。

・・・桜子の携帯にコールした。

携帯を握りしめ、鉄の扉に耳を押しつけて中の様子をうかがったが、携帯の鳴る音は聞こえない。

「携帯のバイブレーションの音が聞こえます」

扉の下の方に耳を押しつけていた可不可が声を潜めて言った。

・・・桜子は部屋の中にいる。

どうしたものか考えた。

父親の到着を待ったほうがいいのか?

「たすけて」と、桜子はこのじぶんに救けを求めていた。

もし生死の境をさまよっているのなら、一刻の猶予もない。

咄嗟にインターフォーンのボタンを押した。

チャイムの鳴る音が部屋の中で響いた。

その時、窓を開ける音がし、続いて物が壊れる凄まじい音が響いた。

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